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旅は道連れ ~ゴールデンウイークを韓国で遊ぶ~
4日目
二度目の河回村

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 ■ 今回一番の目的の1時間

 昨夜は2時頃、ホテルへ。夜の街組も同じ時間に戻り、それぞれ楽しめた様子だった。今日で帰国の組は、ソウル行き11時40分のKTXで釜山へ。一方、僕とたっちゃんのGW最後までガッツリ楽しむ組は、龍山(ヨンサン)発10時30分のKTXで下ることにしている。

 一緒にチェックアウトして、南営駅で上り、下りそれぞれの電車に乗って別れる。ちょうど同時に上下電車がやってきて、いいタイミングだ。それぞれ手を振り合い、ドアが閉まり、この旅の第2ラウンドが始まった。

 余裕を持って出てきたので、龍山駅では近くの銀行で両替したり、駅前をブラブラしたりする時間があった。湖南線方面の始発駅でもあるターミナルの龍山だが、駅前通りから横に分かれる道に「青少年保護区域」と大書きされた暖簾がかかっておりびっくり。およそソウルの玄関らしからぬ区域だが、かの有名な清涼里(チョンニャンニ)も嶺東(ヨンドン)地方への玄関口だし、人の集まるところには、そういう文化も発達するのかもしれない。

 今日の目的地は、「韓国精神文化の故郷」こと安東(アンドン)。ソウルからならば中央線で4時間、あるいはKTXで東大邱(トンテグ)へ出てバスに乗り換えるといったところが順当なルートだが、それとは方角の違う湖南方面のターミナルに来た理由はただ一つ。3月に走り始めたばかりの新型KTXに乗りたい、それだけである。

 これまでのKTXがフランス技術で作られていたのに対し、新型KTXは9割以上の国産化を達成。海外輸出を視野に入れた、国際戦略的な車両である。またKTXで問題視されていた居住性の悪さ…一般室の逆向き座席や、狭いシートピッチなど…も大幅に改善されており、乗客にとっても期待の新星だ。

 ただ今の所はお披露目運行程度の本数で、京釜線2往復、湖南線4往復の運行に留まっている。釜山からソウルへ来る時はぜひ乗りたかったのだが、時間が合わず、今日のコースに無理矢理、湖南線の列車をスケジュールに組み込んだ次第。ヘイリ芸術村、モーターショー、買物など、メンバーそれぞれ今回の旅のハイライトがあったと思うが、僕にとってはこの1時間が、最大の目的である。

 9時20分、発車10分前にホームに降りれば、すでにピカピカの新型KTXが据え付けられていた。前面は、ずんぐりとしていたこれまでのKTXに比べ、スラリと細身。ヤマメをモチーフにしており、東洋的なスタイルとも言えそうだ。側面は連窓の感がより強調され、これもシャープなイメージ。青と白の配色は既存KTXと同じだが、塗り分けは素直に縦横をなぞったラインではなく、斬新である。

 ちなみに新型KTX、愛称をKTX山川(サンチョン)といい、山川魚(サンチョンオ)とは韓国語でヤマメの意である。また山と川という文字から、韓国の美しい自然を守る、環境に優しい電気方式の列車という意味も込められているとのことだ。日本語に訳そうとすると、難しいニュアンス。「KTXヤマメ」だと、「山川」の持つ漢字語のイメージとは少し離れる気がするし、かといって山川では苗字のようである。僕は、もう一つの意味のイメージから、KTX山河と訳したい。

 そうこうしているうちに、発車の時刻が迫ってきた。ステップを踏み、まだ新車の香残る車内へ踏み込んだ。



▲湖南地方へのターミナル・龍山駅


▲細身の「ヤマメ」ことKTX山河


▲丸窓の乗降扉が印象的


▲トイレも円形

 ■ バラエティ豊かな設備

 龍山を離れた列車は、漢江を渡り63ビルに見送られ、ソウルの街を後にする。通勤電車とのデッドヒートも、衿井区役所駅で高速線に別れれば終わり。一路、地方に向けて猛加速を始めた。

 さて、僕が座ったのは一般席だが、確かに大きく改善された。極端に狭く小さかった座席は、ピッチがJR在来線並みになり、リクライニングも心持ち大きく倒れるようになった。なにより逆向きの座席がなくなったのは、何よりである。間接照明の雰囲気も上々、車内モニタも大型化されたようだ。

 ただゆとりも快適さも、あくまで既存KTXに比較しての話。大きめの車両限界を生かした在来線列車の快適さとは、まだまだ雲泥の差である。特に通路の狭さは相変わらずで、すれ違いもままならない。韓国のニュースで鉄道ファンが指摘していたが、2列で1枚になっているロールカーテンも、前後の人に気兼ねせねばならず、改善の要ありである。

 一方の特室は、既存KTXでも全席回転式の3列座席で、基本的な部分は変わらない。しかし座席はバケットタイプになっており、見るからにすわり心地が良さそうだ。内装も、ブラウン系の木目調の壁に、花柄の床カーペットが落ち着いた空気を醸し出しており、走る応接室といった趣になった。一般室の改善よりも、特室の改善が印象深い。次回は、特室を選んでみようと思う。

 車内サービスの大きな変化は、これまでの車販ワゴン方式から、4号車のスナックバーに変わったこと。在来線列車では車内販売・食堂車がカフェ車に衣替えされたが、KTXも同じ流れにあるようだ。狭いながらも立食式の止まり木があり、気分転換できるスペースは歓迎。既存KTXでは「とり放題」状態のサービス品も、KTX山河ではスナックバーの店員から貰うようになっている。

 一般室が「集団見合い型」だった既存KTXでは、車両真ん中に設けられていたグループ用ボックス席だが、回転式になったKTX山河では、4号車に4ボックスがまとめて設けられた。ガラス製の仕切りが設けられ、プライベート感はアップ。テーブルの上には手元灯も付いて、雰囲気もよくなった。隣はスナックバーなので飲食物の調達にも困らず、グループ旅行にはもってこいである。

 デッキ周りはアルミの素材感を活かしたインテリアになり、乗降ドアの丸窓も印象的。多目的トイレも機能性とデザイン性に優れた円形デザインで、これは日韓共通のトレンドになりつつあるようだ。

 総じて、既存KTXからはからりアップグレードが図られており、前評判通りのよくできた車両である。居住性のアップは乗客にとって嬉しい改善で、より足の長い湖南線方面へ優先的に投入されているのも納得だ。今のところ値段は既存KTXと変わらないが、定員は減少しており、KORAILとしては別料金を考えたい意向のようで、これは今後に注目である。今のところ目立った事故もないようで、安定した走りで世界の信頼を獲得していってほしいものである。

 20両編成の既存KTXに対し、KTX山河は10両編成。その分、切符はやや取りにくい傾向にあるようだ。現在は行われていないが、2編成併結も可能らしく、需要に合わせた弾力的な運用が可能。さらに浦項(ポハン)や麗水(ヨス)といった支線へのKTX乗り入れが予定されていることから、分割・併合運用も考えられそうである。KTX網の広がりとともに、KTX山河も活躍場所を広げていきそうだ。

 湖南線も高速新線の工事が進んでいるが、今のところは在来線に降りる。新型車両できょろきょろしていれば、1時間などあっという間。西大田(ソテジョン)駅で下車、名残惜しく「ヤマメ」の後姿を追った。



▲全席回転式になった一般室


▲よりシックにゴージャスになった特室


▲スナックバーコーナーが誕生


▲グループ旅行には楽しそうな同伴席

 ■ ローカルバスの旅も楽しい

 西大田駅には地下鉄が通じているものとばかり思っていたが、駅は歩いて10分ほどの場所になるとのこと。京釜線の列車が発着する大田までは距離もあるので、タクシーの世話になった。大田市内のバスがソウルと同様、青、赤、緑の単色に塗り変わっており、どうやらソウルに習ったバス体系に変わりつつあるようだ。

 10分少々で大田駅着。駅自体の変化はなかったが、背後には韓国鉄道公社・KORAILのツインビルディング本社屋が聳え立っていた。規模ではJR名古屋セントラルタワーズの比ではないものの、シンボリックなことには間違いない。

 今日は平日なので、KTXには自由席の設定がある。経験上、自由席が空いているのは分かっていたので、指定を取らずに乗車してみた。女性乗務員に「ここ自由席ですよね?」と確認したところ、
 「そうですよ、日本の方ですか」
 「はい」
 「今、ゴールデンウイークですからね」
 「日本人のお客さん多くて大変でしょ?」
 「いえ、楽しいですよ。どちらかというと、アメリカやヨーロッパの方が苦手です。日本のどちらですか?」
 「九州です」
 「行ったことがあります!別府にハウステンボス、また行きたいです」
 と、ひとしきり盛り上った。

 自由席は案の定ガラガラで、車両真ん中のグループ座席を二人で占め、昼のビールを空けた。狭いKTX一般室だが、この席に限れば快適だと思う。次の下車駅、東大邱まで高速線が続いていて、この間わずか55分。もう少しゆっくりしたかった。

 東大邱からは、バスに乗り継ぎ安東へ。バスターミナルは駅や市街地から離れた場所にある都市が多い中で、大邱は駅前に各方面のバスターミナルがあって便利だ。安東方面の中央高速バスターミナルは、きらびやかなガラスの城の駅に比べれば、ちょっと薄暗く、うらぶれた雰囲気。飾らない、庶民の足の現場がここにある。

 安東までは優等高速バス(3列シートのデラックスバス)のみの運行で、7,400ウォン。物価上昇の中でバス運賃もだいぶ値上がりしてきたとはいえ、まだまだ安い。あまりきれいではないバス車内には、なぜか「シートベルトを締めて」と共に「靴を脱がないで」の掲示が並ぶ。「臭害」の苦情でもあったのかどうか。

 バスの旅も好きではあるのだが、そろそろ疲れもピークに達してきて、安東までの1時間半はほとんど夢の中だった。

 目覚めれば、すでに安東インターを降りようとするところだった。安東バスターミナル到着は14時39分。乗り継ぎのバスは14時40分、その次は16時で、14時40分発はもう無理だろうと諦めていたのだが、間に合うかも…と、道路向かいのバス停に急ぐ。見覚えのある、「46」の数字が掲げられたバスが、まさに発車するところだった。ひとまず飛び乗り、運賃1,100ウォンなりを払った。

 路線バスは、田舎道をガンガン飛ばす。飾らない韓国の、日常風景の中を走る。匂いも、開け放した窓から飛び込んでくる。芸術公園以来、あまり見ていなかった たっちゃんのカメラが、にわかに動き出した。ありのままの韓国の風景は、感性の琴線に触れたようだ。

 韓国の運転士さんの中でも、だいぶ荒い部類に属する運転士のようで、クラクションは激しく、他の車にも遠慮ない。おかげで早い。

 河回村よりだいぶ手前で、一旦停止。入場券の売り場が手前側になったようで、車の人もここに駐車して、シャトルバスに乗り換える方式になったようだ。一旦バスを降りて入場券を買い、再びバスに乗って、河回村の入り口に着いた。

 


▲ツインタワーがそびえる大田駅


▲広く使えれば快適なKTXⅠの同伴席


▲高速バスに乗り継ぎ安東へ


▲田舎道を爆走する


▲村の入り口に到着した市内バス

 ■ 太陽の位置

 河回村…ハフェマウル、朝鮮時代の両班家屋が今に残る、韓国の伝統建築と文化が今に息づく村である。しかし、細かい知識などなくとも、のどかな村の風景の中で静かな一夜を過ごせば、魂の故郷はここにあるのではないかと思えるほどの安らぎがある。

 僕が以前、この村を訪れたのは2006年の秋。夏の終わりを迎え、夜風の気持ちいい時期だった。韓国伝統の中庭式の住宅で、庭に開かれた板の間で名物の塩鯖と安東焼酎を傾け、無数の星を愛でた夜は、忘れられない時間だった。いつか再訪したい。その思いを今日、叶えた。

 まだまだ陽も高い時間なので、ぐるり村内を一回り。数百年の伝統を持つ村の風景が、たかだか4年で変わるはずもない。瓦屋根の立派な屋敷から、茅葺屋根の素朴な農家まで。人が住み、農業も生活もある、生きた村の姿がある。

 でも、どうしてだろう。4年前のような安らかさが、戻ってこない。昼間で観光客が多いからかとも思ったが、それが理由ではない気がする。2回目で新鮮味がなくなったからかなと、ひとまずは結論付けておく。

 それでも、文化財クラスの家の生活感や、素朴な農作業の風景、道端に座り込むおばあちゃんなど、ほっとする風景を切り取りつつ、夕方までの時間、村内を散策した。

 夕方も5時を回り、そろそろ泊まる家探しだ。河回村内の家の多くで民泊…日本で言う民宿を営んでおり、歴史ある家での一晩を過ごすことができる。たっちゃんは「絶対、茅葺がイイ!」と言っており、いままで見てきた「民泊」の看板を頼りに、よさそうな家を見て回る。

 村の入り口に近い、田んぼに面した民泊「カンナムジプ(柿の木の家)」に目星を付けた。門をくぐると中庭になっており、母屋は瓦葺き、離れが茅葺になっている。中庭では、おばあさん、おじいさん、そしてスーツ姿のおじさんが談笑しており、歓迎してくれた。

 おばあさんに聞いてみれば、1部屋5万ウォン、食事も各種できるとのこと。身なりのいいスーツのおじさんも詳しく説明してくれたが、何だか説明が客観的なので、
 「ところで、あなたは一体…?」
 と問うてみれば、教会の牧師さんとのことだ。牧師さんの勧めならば間違いないと、ここに泊まることに決定。ご飯を用意しておくので、散歩しておいでと言われ、また1時間ばかりぶらぶらする。

 観光客の姿が少なくなった村内。洛東江に沈む夕陽。それに照らされる茅葺の屋根…4年前に感じた安らぎが、次第に戻ってくる。村内に入ったときに感じた違和感は、太陽の位置だったのか。前回訪問時は夕方5時のバスで着いており、着いたときから、村は少しピンク色に染まっていたのだ。

 


▲茅葺屋根が並ぶ河回村


▲一晩の身を預けた「柿の木の家」


▲夕暮れの散歩道



▲河回村に夜が巡る

 ■ 夜風に吹かれながら

 宿に戻れば、食事の用意ができていた。中庭の、プラ製のテーブルと椅子で食べるらしい。塩鯖と並ぶ安東名物、チムタク(蒸し鶏。1匹分25,000ウォン)だ。全国に名の通った名物料理で、以前ソウルで食べたそれは、うまかったけど韓国人でも辛いと汗をかいたものだった。おばあちゃんにそのことを話すと、
 「ソウルはやたら辛くするからだめよ。辛くないのを作るから」
 と、僕等のために味付けしてくれた。口に運ぶ…ウマイ!

 お酒にもよく合う料理で、ビールの次は安東焼酎。強さが有名な焼酎で、前回は20度バージョンを飲んでみたが、真価の分かるという35度を頼んでみた。これがまた、うまい。韓国焼酎にありがちな甘みをあまり感じず、泡盛の感覚に近い気がした。宿のおじいさん、
 「35度がうまいんだよ、でも強い!」
 と言いつつ、どんどん勧めてくるのに、ご本人は飲まない。元は太白(テベク)の炭鉱で管理職をやっており、酒も強くて好きだったのだが、胃がんのため一部を切除し、飲めなくなってしまったのだそうだ。それは勧めて悪いことをしたが、おばあちゃんから、
 「飲めないのに、人にばっかり勧めるんじゃないよ!」
 と怒られていた。

 続いてドンドン酒。いわゆるドブログで、マッコルリに近いお酒だ。甘くほのかな炭酸を感じ、これまたうまい。

 庭には、もう一組の宿泊客である家族連れが出てきて、食事を始めた。幼い子供の頃から、いい経験だと思う。俺も息子ができたら絶対連れて来ると、たっちゃんも言う。

 やがて夜の帳が降り、頬を撫でる風もひんやりしてきた。頭の上に灯る明かりは、電球型蛍光灯の上に、ペットボトルをかぶせたもの。いいんだ、これで。

 僕らがゆっくり飯を食べていたら、おばさんの部屋から賑やかな声が聞こえてきた。近所のおばさんが集まって、伝統的なゲームに興じているのだった。何本かの棒を投げて、その重なり方かなにかで勝敗を決めるらしい。歓声の大きさを聞いていると、賭けているのではないかと思うが、まあいいや。時代離れした音が響く。

 いい時間だ。またとない、また来たい、たまらない時間。期待に違わぬ、いい夜だった。

 なおこの民泊、シャワーやトイレなどはきれいになっており、快適に使える。前回の河東古宅は、土間の上で瞬間湯沸かし器のシャワーを浴びて、それはそれで面白い経験だったが、ワイルドなのはどうも…という方にもお勧めできそうである。

 


▲「柿の木の家」の母屋


▲特製「チムタク」


▲35度の爽快さを味わう


▼5日目に続く
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