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2日目【5月4日】 釜山→順天→西大田→龍山
走る列車で伝統文化体験


伝統文化体験を楽しめる、第3の観光列車

 昨夜は遅くまで飲んだが、旅行中とあらばすっきり目覚められるのが我が身の不思議で、午前7時に目覚めた。友人らに見送られ釜山大前駅へ歩き、1日が始まる。今日の目的地は、南海岸の都市・順天(スンチョン)だ。

 地下鉄で釜山駅へ出て、9時過ぎに釜山駅1番ホームに下ると、青いパッチワークのようなラッピングを施された車両が待っていた。南道海洋観光列車「S-train」麗水(ヨス)EXPO行きである。O-train、V-trainに続き、KORAIL(韓国鉄道公社)が送り出した3番目の定期観光列車だ。合理化一辺倒だったKORAILだが、近年は観光列車に力を入れており、今日からは非武装地帯向け観光列車「DMZ-train」も走り始めている。電車、客車、ディーゼルと車種も多彩で、なんだか九州のような状態になってきた。

 ガクンと客車列車特有のショックで出発した列車は、釜山のごみごみした街中を走り始めた。建物の背が次第に低くなり、ビル街を抜けたと思えば、車窓左手には広大な洛東江が広がる。KTXの全線開業までは、ソウルへ向かう際にもお馴染みの車窓だったのだが、すっかり縁遠くなっていた。

 洛東江沿いにはサイクリングロードが整備され、多くのサイクリストが休日のサイクリングを楽しんでいた。もともと韓国は、生活の足として自転車を使う習慣がほとんどなかったのだが、近年ではスポーツの一環として自転車がブームになっている。珍しい塗装の列車に、手を振るサイクリストも多く見られた。

 観光列車、S-trainの車両は通称「リミット型」と呼ばれる、ムグンファ(急行格)向けの客車を改装したものだ。連窓で眺めがよく、空調装置を窓際に寄せ天井をその分高くとった車内は開放的。「新型ムグンファ号」と呼ばれてきたが、もう10年以上前の車両である。

 座席はムグンファ時代と変わらず、モケットのみを張り替えてある。窓際ににモバイル用コンセントが設けられているが、もっぱらスマホ充電用。日本をはるかにしのぐ「スマホ中毒」の国だけに、電源は必須なのだろう。これで運賃はセマウル(特急格)の特室(グリーン車)扱いなのだから、割高といえば割高だが、さまざまなサービス料金という位置付けのようである。なお韓国鉄道乗り放題のKRパスを持っていましたが、S-TRAINは適用外。せめて特室料金の追加ででも、乗れるようにしてほしいものだ。


▲朝8時ながら「早朝」の雰囲気がある釜山大前


▲列車種別にS-trainの文字


▲ユニークな塗装のS-train


▲座席はムグンファと変わらない


▲景色を見ながらコーヒーを傾ける



▲車内で楽しむ本格茶礼

 観光列車だけにフリースペースは多く、1両はまるごと「カフェ&食堂車」に充てられている。食堂車にはテーブル席があり、本格的な食事を期待してしまうが、実際はレトルト食品程度の品揃えなのは残念。立席券の発売はないS-trainだが、周遊券の「S-train Pass」を持っている場合に限り、立席乗車ができる決まり。食堂車は立席客のスペースにもなっているようで、混みあっていた。

 カフェスペースには窓を向いた止まり木が並び、流れる景色を見ながらコーヒーを味わえた。2008年に登場した在来線列車の「列車カフェ」では本格的なドリップコーヒーが飲めたものだが、不人気だったのかほどなく韓国式の薄い「茶房コーヒー」になりがっかりしたものだ。しかしさすがの観光列車、しっかり苦いカフェ式のコーヒーを味わえた。

 三浪津(サムニャンジン)からは慶全(キョンジョン)線へ。慶全線は5年前に一度乗ったことがあり、無人駅で車掌と言葉を交わしながら降りるおばあちゃんの姿に、ローカル線の旅情を感じたものだった。しかし昨年、馬山まで大規模な線路改良が行われ、立派な高架とトンネルが続く幹線となってしまった。ローカル線というより、KTXにでも乗っている気分である。3市合併で生まれた昌原(チャンウォン)市の玄関口・昌原中央駅など、空港のような雰囲気だった。

 車内も落ち着いてきたので、4号車へ。この列車の名物とも言える「茶礼室」にお邪魔した。沿線名産地の茶を、茶礼体験とともに楽しめるコーナーである。韓服姿の客室乗務員が待っており、ずらりと並んだお茶のメニューを見せてもらう。せっかくの機会なので、若芽を使った最高級の7,000ウォン(700円)のお茶をお願いしてみた。

 韓国の茶礼には、日本の茶道のような細かい作法はないようで、あぐらをかいて座り、白磁の茶器に淹れてもらう。韓国らしくちょっと薄めの茶だったが、流れる車窓を眺めながらの本格的な茶は、いい気分だ。お湯はたっぷりくれるので、何杯か楽しむことができる。自分の加減で淹れられる2杯目は、日本のお茶のようにちょっと濃いめに淹れてみた。

 馬山を過ぎれば線路改良の区間も終わり、急に車窓がローカル線らしくなった。カーブが多く、線路に刻む車輪のリズムはアップテンポに。その分、山の新緑も急に近づいたようで、韓国茶を飲みつつの森林浴を楽しんだ。


シティツアーで順天散策

 北川(プッチョン)駅では、4分停車がアナウンスされた。列車交換があるわけでも時間調整をするでもない、純粋な観光目的の停車である。北川はコスモスの里として有名な駅で、駅舎もコスモス色に彩られている。コスモスの咲かない春のこの日は、代わりにホーム上で無数の風車が回っていた。

 ローカル駅の風情を味わうには、4分間はちょっと短い感じで、急ぐ人もいないのだから10分くらいは止めてほしいもの。先輩格の観光列車、O-trainやV-trainは停車時間にゆとりがあり、沿線住民の出店も出ていて、いいリフレッシュタイムになる。北川はS-trainでも唯一の観光停車だけに、一層の充実を期待したい。

 釜山から約3時間で、4方面からの線路が集う要衝・順天(スンチョン)に到着した。車内で様々な楽しみ方ができる分、体感的な所要時間は短く感じられ、これまでバスの独壇場だった釜山~順天・麗水間の移動に新たな魅力が加わった。韓国鉄道旅行の「周遊コース」としておすすめである。

 別のホームには、色違いのS-trainが停車中。西大田(ソテジョン)からやってきたもう1系統のS-trainである。大田~光州方面と釜山~麗水方面のS-trainが順天で「接する」形になっており、相互を乗り換えることで、大田~麗水方面や釜山~光州方面への需要にも応えている。先輩格の観光列車「S-train」も2系統の接続で様々なプランニングに応えており、これに倣ったのだろう。

 順天駅前で、忠州大学(現・韓国交通大学)留学中に所属していたサークルの後輩、しんちゃんに再会した。日本にも留学していたので度々会っていたつもりなのだが、よく考えれば5年ぶりの再会である。もともと予定していた再会ではなく、旅立ちの数日前にFBで麗水方面に旅行するという書き込みを見つけ、じゃあそこで会おうということになった次第だ。積もる話は山ほどあるのだが、とるものとりあえずバスに乗り込んだ。

 順天シティツアーなるこのバスは、S-trainに接続して順天の観光地を周遊してくれる路線バスである。観光バスとは違い、下車地でのガイドはおまけの扱いで、各観光地での入場料も各自払いとなる。その分運賃は安く、わずか9千ウォン(約900円)。予約には銀行振り込みが必要なのは難点で、事実上日本から予約できなかったのだが、しんちゃんのおかげで席を抑えることができたのはありがたい。


▲コスモスの駅、北川へ到着


▲風車が回る駅のホーム


▲順天駅に並ぶ2つのS-train


▲体に良さそうな山菜定食


▲山道の参道にも哀悼のメッセージが



▲釈迦誕生日に向け飾られた寺

 シティツアーバスは大人気で、本日は2台の続行運行。ガイド役のボランティアさんは一人しかいないということで、2台目となる僕らのバスでは若い運転士さんがマイクをとった。ワイヤレスではない普通のマイクを握っているものだから、ギアチェンジの瞬間は手放し運転になりヒヤヒヤする。

 幹線道路走ること約30分で、仙岩寺(ソナムサ)着。昼食は気に入った店を選べばよく、早めに食事を終えて13時50分までに正門に行けば、ガイドさんの解説を聞きながら参拝できるとか。しかし時間はすでに13時10分、わずか40分しかない!

 えり好みをしている時間もなかったが、川沿いに開けた、オープンエアの食堂を見つけて即決。お互い肉!だとか、ガッツリ!だとか言ってもいられない歳で、山菜定食を選んでみた。韓国料理と言うと とかく辛いと思われがちだが、素材の味わいを生かした優しい味付けのものも多く、こと山菜料理は日本人にも馴染めそうな味である。体にも良さそうだが、ドンドン酒を合わせてしまったので、健康への貢献度は差し引きゼロかもしれない。早飯するのももったいなく、13時50分に間に合わせることは諦めた。

 グループの後を追うように、入場料を払って山寺へ。韓国の寺は山中にある所が多く、きれいに保たれた山道を歩けば、気分は森林浴。落葉樹の多い韓国では、5月だと新緑が美しく、山寺を訪ねるには絶好の季節である。渓谷の水もきれいで、せせらぎの音を聞きながら登った。ただ参道上に掲げられた垂れ幕には、「セウォル号犠牲者のご家族の悲しみを分かち合い、行方不明者の無事の帰還をお祈りします」とあり、今の韓国を映してもいた。

 仙岩寺の境内は、釈迦誕生日を2日後に控え、提灯の飾り付けがなされていた。お釈迦様が帰ってくる日ということで、盛大に飾り付けて盛り上がる日であり、祝日にもなっている。ただ今年は、お祭り的な行事の多くは自粛されたとのこと。

 寺までの往復の時間を考えれば、15時までの見学時間はちょっと苦しい。どうにかギリギリの時間に戻ってくることができたが、1グループが遅れ、10分遅れで次の見学地に出発した。ガイドさんは我ら2号車の方に乗り込み、あれこれ雑学を交えつつ解説してくれた。

 2番目の見学地は、楽安邑城(ナガンウプソン)。邑(ウプ)は現代の住所表記でも見られるもので、日本語に意訳すれば「集落の城」といったところだろうか。その名の通り、城郭の中に茅葺屋根の家々が並び、今も人々が暮らし続けているという、生きた史跡である。

 こちらの見学時間もわずか40分なのだが、駐車場とバスの往復だけで10分はかかる。さらに連休とあって、入場券売り場は大行列。入場券の購入に10分は費やしてしまった。各自で入場券を買うシステムの泣き所で、予め団体券を買ってもらえていればこんなことには…。


渋滞に阻まれた順天観光

 気を取り直して、番人が守る門をくぐれば、そこには生活が続く昔ながらの家々が並んでいた。時が止まったかのような風情に、しばし足が止まる。もちろん観光地でもあり、商売をやっている家も多い。メインストリートは明洞のような人通りで、風情を感じられないのは残念だ。民泊を営む家も多いようで、次回はぜひ泊まりがけで訪れて、夕暮れから朝への時の移ろいを感じてみたい。

 駆け足の見学を終え、バスは最後にして最大のハイライト、順天湾自然生態公園に向かった。
 「見学時間は1時間ですが、本当に1時間では惜しいところです。もし本日、順天にお泊りであれば、ここでツアーバスを降りて、路線バスで戻ることをおすすめします」
 とガイドさんは言っていたが、僕もしんちゃんも帰路の列車は予約済みである。しかもバスは大渋滞にはまり、公園に着いた時には30分遅れとなっていた。これではあんまりということで、S-trainの時間ギリギリに間に合うまで、見学時間が延長されることになった。

 だが、しんちゃんはS-trainの1本前の列車に乗る予定で、このままでは間に合わない。すると運転士さん兼案内役に呼ばれ、1万ウォンを渡された。タクシーで、先にお戻り下さいというわけだ。きめ細かいフォローで、9千ウォンのツアーなのになんだか申し訳ないようだが、
 「こんなことになって、こちらこそ申し訳ないです」
 と終始、低姿勢だった。

 駐車場まで大渋滞ができる公園なのだから、入場券売り場ももちろん大行列。とても見学するような時間はないようで、お土産屋さんを少しのぞいただけでタクシー乗り場へ向かうことになった。運転士さんにも、ずいぶん慰められたことである。

 仮にハイシーズンでなかったとしても、シティツアーの半日コースは駆け足すぎる感じ。順天だけで2泊してもよさそうで、そうとなれば1泊は楽安邑城の民泊、1泊は順天湾近辺のペンションなんてコースが絶好だろう。また来ようと、しんちゃんと約束したのだった。


▲人通り多い邑城


▲民泊してみたい邑城の住宅


▲行列を見て自然生態公園は諦めた


▲観葉植物で飾られた茶礼体験車


▲2編成併結のKTX山河


▲今夜の寝床はドラゴンヒル=龍山のスパ

 順天駅では少し時間もできたので、駅前のテジクッパ屋さんでクッパを夕食にした。7千ウォン(700円)といい値段だったが、その分具だくさんで味も良かった。残念な観光ではあったけど終始印象のよい街で、またゆっくり訪ねてみたい。

 先行する列車で帰っていたしんちゃんと別れ、僕は西大田行きのS-trainに乗り込む。3週間前に予約サイトを見たら満席で、その後しつこくHPをチェックして抑えた難産のきっぷだ。だが車内には空席も多く、なぜ満席だったのか腑に落ちない。

 茶礼は往路に体験したけど、体験室をのぞいてみれば、飾り付けやお茶の種類が違う。釜山発と西大田発では、茶礼室を運営する自治体が異なり、それぞれで個性を発揮しているのだそうだ。こちらの乗務員さんもフレンドリーで、行きの列車との比較で若芽茶でもいいし、お疲れなら疲労回復効果のある発酵茶でもと、あれこれすすめてくれた。

 発酵茶はティーバックでの提供なので、茶礼体験はなし。でもせっかく日本から来てくれたからということで、お茶請けをサービスしてくれた。発酵茶は、紅茶と緑茶の中間のような味わいで、なかなかいける。

 西大田方面の全羅線は、麗水EXPOへのKTX乗り入れに合わせて、大規模な線形改良を終えた路線。田園地帯と山間を、立派な高架とトンネルで貫いていき、ローカル線らしい風情はない。スピードも140kmと、日本の一般的な在来線特急より早いくらいだ。

 発酵茶で疲労回復もいいけど、アルコールもほしいなというわけで、隣のカフェ車でHITEビールを一杯やった。止まり木から夜の帳が降りた車窓を眺めていると、列車は駅へ。珍しい列車の車内は、隣に止まった列車からも注目の的で、向こうの乗客と思わず目が合う。ぎこちない笑顔を交わし、列車はそれぞれの目的地へと出発した。

 終点、西大田で降り、後続のKTXでソウル・龍山(ヨンサン)へ。今でこそ乗り換えを要するが、6月からはS-trainも龍山直通となり、一層便利になることだろう。

 今夜は、駅前サウナの「ドラゴンヒルスパ」(12,000ウォン)で夜明かしである。広々した風呂やサウナでのびのびくつろぎ、深夜にも関わらずアカスリ(15,000ウォン)が営業中だったのもありがたく、全身スッキリすることができた。

 ただ、連休中のスパの混雑は並大抵ではなかった。仮眠室は早くから満員で、毛布や枕も品切れ。結局、タオルを枕代わりにてし廊下でごろ寝する他なかった。人が通る度に目覚め、長い夜であった。


▼3日目に続く
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