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3日目【5月5日】 龍山→白馬高地→議政府→鐘路
ニュータウンを走る爽快な新交通


38度線の北側へ

 龍山のスパの廊下で、朝6時に目覚めた。疲れからそれなりには眠りに落ちたが、首回りが痛い。朝風呂を浴びに浴室に行って見れば、脱衣所や洗い場にまで、寝ている人がごろごろ。特に2階の浴室の洗い場はだだっ広く、濡れない場所も多いので「穴場」になっていた。ただ固い床で熟睡できるわけもなく、連休の都心のスパでの夜明かしには、相応の覚悟が必要である。

 ぼおっとした頭を抱え、龍山駅へ。北へ向かう1号線の電車に乗り、ソウル市内を地下でパスして、再び地上へ出た。1号線の終点、清涼里(チョンニャンニ)から議政府(ウィジョンブ)方面に乗り入れる京元線は、70年代に電化開業した通勤電車のパイオニアである。それだけに沿線の高層アパートも、少し古びたものが多い。駅もちょっと古めかしいが、ホームドアの整備は進んでいた。

 議政府駅が「電車」の終点だったのも、今は昔。2006年、逍遥山(ソヨサン)まで電化区間は延伸している。それも単なる電化ではなく、運賃制度も首都圏の広域電車ネットワークに組み込まれ、事実上の「地下鉄延伸」といえる。議政府で降りる人は少なく、議政府より北には新しい住宅街が続き、電車の延伸が都市圏を拡大させている様子が伺えた。

 終点・逍遥山からさらに北へ向かうには、「電車」から「列車」に乗り換えなければならない。乗客の利便性を考え、列車は一駅、東豆川(トンドゥチョン)まで乗り入れている。東豆川~逍遥山間は異なる運賃体系の「電車」と「列車」が併存し、七尾線・のと鉄道の七尾~和倉温泉間のようになっている。運営は、どちらもKORAILなのだが…

 というわけで東豆川で、ホームを埋めたハイカー風の乗客とともに、列車に乗り換え。電車区間ではKR-PASSを使えないが、列車区間では有効なので、きっぷを買わずにそのままホームへ降りた。

 待っていた列車は、白馬高地行きの9501系・通称CDCの3両編成。かつては韓国のあちこちで見られた「普通列車」の代表形式だったのだが、小駅の整理統合とともに、普通列車そのものが廃止になる路線が続出。今や普通列車に相当する「通勤列車」は京元線に残るのみで、韓国最後の鈍行といえる。

 1時間に1本の本数が確保され、地域の足として活躍する京元線だが、休日の主役はハイキング客である。発車15分を前にして席は埋まり、手頃なアウトドアとして人気がある地域のようだ。広々としたシートピッチが快適な車両だが、もう少し狭く席を詰めれば、座れる人も増えることだろう。

 京元線の非電化区間には、味のある平屋の駅舎が多い。日本だったら無人駅になりそうな小駅にも駅員さんが詰めており、ローカル線風情を感じられる。そんな風景に真剣にミラーレス一眼を向けるのは、小学生の少年。絵に描いたような「鉄道少年」だが、韓国で見たのは始めてだ。近年はネットコミュニティの発達で、鉄道を趣味にする青年~大人は増えているが、少年層にまで拡大しているとすれば心強い。


▲電車と気動車が接続する東豆川


▲緑色の前面から付いたあだ名が「メロンソーダ」


▲鉄道少年と共に最北の駅へ


▲鉄道中断点、白馬高地駅


▲「鉄馬は走りたい」



▲ゆったりした気動車

 ハイカーは途中駅で降りて行き、新炭里(シンタンニ)を出る頃には座ることができた。京元線には2003年、当時の終点だった新炭里まで乗ったことがあるのだが、昨年、白馬高地(ペンマゴチ)まで1駅延伸。この区間は初乗りとなる。

 元を正せば京元線は、現在 北の管轄下にある元山(ウォンサン)までの路線である。白馬高地までの延伸は、南北分断で休止に追い込まれた区間の「復旧」と捉えられているが、実際は旧線を放棄して新しい線路を引き直している。車窓右手には、休止線から正真正銘の廃線になった、旧京元線の錆びた鉄橋が見えた。軍施設ではサッカーに興じる若い軍人たちの姿もあり、なごやかな雰囲気ながら、38度線より北側の緊張感があった。

 KTXのような、真新しい立派な線路を走ること約10分、韓国最北の駅・白馬高地着。周辺は田んぼが広がる平和な風景で、38度線を越え、北朝鮮と対峙する街という緊張感は感じられない。「鉄道中断点」は新炭里から北へ移動し、北への鉄路延伸を願う「鉄馬は走りたい」と書かれた看板も、白馬高地に移った。韓国国民の願いは、北へと少し近づいたことになる。

 緊張感のある、事実上の国境目前の地ではあるが、非武装地帯(DMZ)への訪問も、立派な観光資源の一つ。白馬高地駅からも、朝鮮戦争の戦跡地や北の展望台へ行ける「安保観光」のバスが出ており、11,000ウォン(1,100円)で参加できる。僕は2003年に新炭里から参加したことがあるので、今回は満員のマイクロバスを見送った。

 賑やかな安保観光のバスが出て行けば、駅は急に静かになった。新駅なので、周囲にこれといったものはない。駐車場には何台もの車が止まっており、鉄原(チョロン)郡の住民にはパーク&ライドで便利に利用されているようである。駅舎二階に、地元婦人会が運営する食堂があったのは幸い。アツアツのキムチチゲをブランチにした。

 帰路の列車は余裕があり、ゆったりしたシートにおさまって、ローカル線の風情を満喫。今度は逍遥山で電車に乗り換えた。列車用ホーム1本、電車用ホーム1本の小さな駅だが、駅舎はハイカーでいっぱい。京元線には、緊張感とのんびりさが同居していた。



議政府のニュータウンを走る軽快な足

 京元線の電車で来た道を戻り、議政府(ウィジョンブ)市内の回龍(フェリョン)駅で下車。この駅で接続するのが、議政府市内を走る韓国2番目の新交通・議政府軽電鉄である。始発駅は1駅隣の鉢谷(パルゴク)駅で、距離は800mとさほど遠くもないので、散策してみた。

 アパート団地を抜け、川の上をまたぐ遊歩道からは、川沿いに立ち並ぶ高層マンションと、ランニングやサイクリング楽しむ市民の姿が映る。新交通の高架はゆるやかにカーブを描き、時折、音もなく2両の短い電車が通り過ぎていく。未来都市のような都市景観だ。

 高架上の鉢谷駅は、新交通らしく最小限の設備を整えたコンパクトな駅。ゴムタイヤを履いた電車は、もちろん無人運転である。鉢谷駅に入ってきた電車は30秒もたたないうちに折り返し、無人運転ならではのてきぱきとした運用をこなしていた。

 電車内は、車体幅がスリムなため、車端部を除いて座席は片側にしか設けられていない。片側はスタンディング用の腰当のみで、立席スペースを確保している。代わりに窓は思いきり大きく取られ、解放感は高い。無人運転なので座席は先頭まで設けられ、前面展望を思いのままに楽しめるのはファンとして嬉しいところだ。車窓に関心を示す人は、例によって多くはないのだが…。

 川を渡り、回龍で地下鉄からの乗り継ぎ客を受け、電車は議政府の官公庁街へと向かう。ゴムタイヤなので加速・減速は鋭く、駅での停車時間も最小限なので、思いのほかスピーディーだ。眼下に見えた議政府市役所にはやはり焼香所が設けられ、手を合わせる市民の姿が見られた。

 議政府市の玄関口、KORAIL議政府駅とは直接連絡していないが、新交通も駅付近の繁華街を経由する。それを抜ければ、新しいアパート団地へ。韓国のアパート団地らしく、駅付近の高層ビルには飲み屋や塾がぎっしりと入居していた。

 繁華街か住宅街という都市交通らしい車窓が展開していたが、孝子(ヒョジャ)駅付近では産廃処分場が現れ、意表を突かれた。新交通の大きな窓から見たい風景ではないけど、これも都市がある限り、免れられない現実の一つだ。日常的に眺めていれば、否応なしに日々自身が出すごみを考えさせられる契機になるだろう。


▲議政府のニュータウンを走る新交通


▲無人運転の小ぶりな電車が行き交う


▲窓が大きく解放感は高い


▲河辺の親水空間が充実した住宅地


▲議政府駅を圧する新世界百貨店



▲韓国の鉄道も節電モード

 終点、塔石(タプソク)駅着。こちらには引き上げ線があり、折り返しの電車は一旦引き上げて、転線してから乗車ホームに向かう。やはり折り返しは機敏で、無人の電車が折り返していく様は、ちょっと奇異でもある。駅はやはり最小限の設備で、係員が一人だけ詰めていた。

 改札口には「軽電鉄 統合料金割引制度 施行」の横断幕がかかっていた。地下鉄・バスとの乗り継ぎ割引がなかった新交通だが、そうか、割引が実現したのか、と早合点しかけたが、左上には小さな文字で「2014年末目標」の文字が。割引分の負担を巡り、新交通と市の「横断幕非難合戦」が激化していると聞いていたが、表現を柔らかにして継続中ということらしい。

 塔石駅周辺も、河川敷が公園のようになっており、自転車で健康づくりに励む人の姿が目立つ。試しに河辺に降りて歩いてみれば気持ちよく、いつの間にか2駅先の漁龍(オリョン)駅付近まで歩いていた。

 そのまま電車で、議政府駅へ。同名のKORAILの駅とは直結していないが、5分とかからない距離である。KORAILの議政府駅は新世界百貨店を擁する立派な駅ビルになっており、以前訪れた駅をまったく思い出せない姿だった。公社化とともに、余裕ある一等地を活かしたエキナカビジネスは深度化。「便利だ」「駅の公共性を損なう」という賛否両論を聞きつつか無視しつつなのか、古い京元線の中間駅でも開発が続いている。

 しかしそんなピカピカの駅にも関わらず、駅のコンコースは薄暗い。原発に関わる不祥事や事故が相次いだことから、韓国も日本と同じ、原発停止による電力不足の中にある。間引かれた照明に、妙な親近感を覚えた。


祈りと願いの中に

 議政府から京元線の電車に乗り、そのままソウル市内へ直行し、市庁前駅で降りた。ソウルの市庁舎は戦前、日本占領下の時代に建てられたものだが、リニューアルの報を聞いて以来行っておらず、生まれ変わった姿を見てみたかったのだ。

 市庁舎の機能は、旧庁舎の背後に完成したガラス張りの新庁舎に移った。大きな吹き抜けの空間を擁した、自在な曲線を描く未来的な空間である。空いた旧庁舎は、図書館にリニューアル。ぜひのぞいてみたかったのだが、生憎の休館日で残念だった。休館日を告げる看板には、「月曜日には本を伏せて、散歩するのもよいでしょう」とだけ書かれており、なかなか洒落ている。

 大きな変化を見せたのは、旧庁舎前の「ソウル広場」。もともとはロータリーになっており、W杯などの大イベントの際には車を締め出して広場にしていたのだが、再整備とともに常設の広場となった。人工芝が敷き詰められ、都心の憩いの空間を演出している。

 しかし今は、祈りと追悼の場である。セウォル号事故のソウル市の焼香所となっており、哀悼の意を示す市民が列をなしていた。その数、ざっと見ても数百人。日頃せっかちな韓国の人々も、ただ黙って並んでいた。焼香を終えた人の中には、静かに涙している人も多い。

 芝に掲げられた横断幕には、笑顔の若者たちを描いてある。「こうして帰ってきてほしかった」と題された、絵本作家の作品である。そして日々、犠牲者が増えて行くばかりの時期だったが、まだ事故は終わっていない。芝の広場には、黄色いリボンを結んだり、黄色い紙船を並べたりして、行方不明者の無事の帰還を祈っていた。

 「申し訳ありません」
 旧庁舎に掲げられた文字は、若い命を奪ってしまった、多くの大人たちの気持ちなのだろう。韓国の負った傷の深さを感じるとともに、2度とこんな悲劇を起こさないよう、一人一人の行動が変わって行けばと思う。

 光化門(クァンファンムン)駅まで歩き、久しぶりに教保(キョボ)文庫へ足を運んだ。スマホ全盛の昨今だが、韓国でも最大級の書店は足の踏み場もないほどの混雑である。レコード店が絶滅に近い状況の中で、豊富な品ぞろえのCDコーナーも嬉しく、ネットでもなかなか手に入らないお気に入りのアーティストのCDを手に入れることができた。


▲不思議な造形が見られたソウル市役所


▲ソウル広場は追悼の場に


▲行方不明者の帰還を願う黄色い船


▲大人気の「タヨ」ラッピングバス


▲曲面の空間に、時空を超えた時が共存する


▲ソウルで楽しむ海鮮焼き

 5号線で、東大門(トンデムン)歴史文化公園へ。東大門といえばファッションビルと市場の街で、その真ん中にどどんと野球場が陣取っていたのだが、3月、野球場の跡に複合文化施設・DDPがオープンした。日本でも新国立競技場の設計者として注目を集めるザハの作品で、立方体のファッションビルが立ち並ぶ中、捉えどころのない曲面を見せるのがDDPである。

 展示空間は半地下のレベルにあり、地上レベルにあるコンクリート打ち放しのブリッジからは、行き交う人々の姿が俯瞰できる。広場には遺跡がそのままの姿で残されており、古代、現代、未来が同居する不思議な光景である。

 野球場だった歴史も大切にされており、照明塔があえてそのまま残されていた。運動場の記念館もあり、高度成長期のプロ野球の風景は、日本人にも懐かしさを感じさせるものがある。

 屋外で行われていたのが、ちびっこバス「タヨ」と「ラニ」の展示会。韓国の子ども向けキャラクターといえば、「ポロロ」が不動の人気を誇っていたのだが、近年頭角を現しているのが「タヨ」である。ソウルの4色バスをモチーフにしたキャラクターが、人気に応えこの春、モデルとなったソウルの市内バスを逆に「タヨ」にデザインされ走っているのだ。

 アニメから飛び出した実物のバスは、人気爆発。4台限定だったバスは100台にまで増え、カラーバスがないはずの地方都市にまで拡散している。もちろんここDDPでも「タヨ」は子ども達に囲まれ、人気者。今の子どもたちにとって、公共交通はぐっと身近になっていることだろう。

 夕方6時、飲み屋街の鐘路(チョンノ)に移動し、留学時代の先輩&お友達と合流した。10年ぶりの再会ではあったが、お互い思ったより変わりない。お友達を含め、独身というのも相変わらずである。

 とるものとりあえず、鐘路のミラービールのビアホールに入り、ノッポのジョッキで生ビールを一杯。韓国らしくはないが、ミラービールはなかなか日本では飲めないし、ノッポのジョッキは飲んでて楽しい。

 6杯飲んでいい気分になった所で、海鮮焼きのお店に移って、さらにで1杯。10年ぶりに交わす酒はおいしすぎて、ついつい飲みすぎてしまう。へべれけで足元もおぼつかなくなり、近くの旅館へ「担ぎ込まれた」ような恰好になってしまい申し訳なかった。



▼4日目に続く
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