黒崎から先、1系統は5分間隔という高密度の運行になる。今度の便は新型のハイブリッドバスで、塗装は西鉄路線バス共通の新カラーだった。すれ違うバスを見ていても、北九州線代行バス専用塗装車はざっと6割といったところ。電車の廃止から23年。今や、普通の路線バスになりつつあるのかもしれない。
バスセンターを出たバスは、北九州線の線路が走っていた道路へ。当たり前だけど、普通の道路にしか見えなくなっている。「黒崎そごう」転じて「黒崎井筒屋」前のバス停からは、お年寄りを中心に大勢乗り込み、ほぼ満席になった。空洞化が進む中心市街地とはいえ、根強い支持は保っているようだ。
夕方5時という時間帯もあるが、すれ違うバスも満席近い便が多い。1系統以外のバスも多く、頻度はかなりのものだ。電車として再生する道はなかったのか…と、思わなくもない。政令市では高齢化率ナンバーワンでもある北九州市。時代がもう少し下れば、人にやさしい交通機関として見直す機運にも恵まれたかもしれない。
市営動物園の「到津の森」前で下車。かつては西鉄が運営する「到津遊園」という遊園地で、小学5年生の時には修学旅行で来たことを思い出す。大牟田線(太宰府線)の太宰府園、宮地岳線の香椎花園と並ぶ、西鉄の沿線遊園地だった。北九州線廃止後も存続していたが、経営不振で市に譲渡されている。
ふたたびバスに乗り、夕陽を背に小倉方面へ。17時を過ぎ、バス専用レーンの時間になったが、あまり厳密に守られていないようだ。
日豊本線を渡る陸橋をバスは軽やかに超えていくが、自重の重い電車はモーターをうならせ登っていた。路面をよく見ると、2本の割れ目が。レールを埋めたまま舗装すると、鉄とアスファルトの熱膨張率の違いから、こんな割れ目が現れる。廃止の数時間後にはレールの撤去が行われた北九州線だったけど、陸橋部分では上から舗装をかけたようだ。数少ない、電車の痕跡だった。
西小倉の手前では、バスは狭い路地をゆく。2車線しかなく、この道を電車が走っていたとはにわかに信じがたい。この区間、電車の頃は歩道もなく、軌道敷内を堂々と車が走っていた。
リバーウォーク前を通って、小倉の中心部へ。3連休の中日とあって、あふれんばかりの人出だ。繁華街を抜ければ終点・砂津。バス停の前にあるショッピングセンター「チャチャタウン」も、連休を楽しむ家族連れでにぎわっていた。西鉄が事業主体のチャチャタウンは、かつての電車の車庫跡地。古豪たちが体を休めていた根城は、貴重な収益源になっている。
バスセンター横にあるバス営業所のうち、道路に面した赤レンガタイルの区画は電車の営業所。電車廃止日のニュースでは、跡地に電車資料館を作ると報じられていたのだが、いつしか沙汰やみになったのは残念だ。西鉄電車創業の地にあった鉄道の記憶は、次第に遠くなりつつある。
砂津からは、高速バスで一気に久留米へ。100kmを超える中距離路線ながら、県内路線だからか、使われるバスは空港バスなどと同様の近距離タイプ。席は狭く、トイレもないので、乗車前に用は済ませておかねばならない。九州道を快調に走り、久留米市役所前で下車。友人らとの飲み会に参加し、「一時帰宅」したのは12時過ぎだった。
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▲バスセンターの入るコムシティは区役所へ改装中
▲あまり守られていない専用レーン
▲チャチャタウンは電車車庫跡地
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