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謎の企画から、お祭りムードへ

 年明け頃から、地元メディアでは九州新幹線のテレビコマーシャルが流れ始めた。「新九州起動」のキャッチフレーズとともに、熊本まで最速三十三分、鹿児島中央まで最速一時間十九分と、短くなる所要時間をアピール。新幹線のCMとしては、至極まっとうな内容である。

 一方で、同じ頃に流れ始めたもう一つのCMは、意味がよく分からなかった。
 「九州新幹線全線開業を祝って、鹿児島から熊本、博多まで、みんなのウェーブでつなごう。
  九州縦断ウェーブ、開催します!参加してください。祝!九州」
 当初は、沿線の観光協会あたりが流しているのかと思っていたが、よく見るとJR九州自身が放送しているらしい。しかし新幹線沿線をウェーブでつなぐとは、一体どういう意味なのだろう。

 ホームページでよく調べてみた。曰く、二月二十日に、カメラを載せた新幹線が鹿児島中央から博多を走る。沿線の人は、列車に向かって思い切り手を振る。その映像を、開業記念のCMに使うというのが趣旨とのこと。次々に手を振る様子が連なり完成するウェーブで、九州を一つにしようという、JR九州が企てた開業記念イベントの一つなのだった。開催日に向けて、CMの放送回数も種類もどんどん増えていき、いつしか「新九州起動」を圧していた。

 それにしても列車に手を振るだけとは、派手に宣伝するわりには地味な企画だなと、この時は思ったものだ。一万人の参加を目指しているとのことだが、本当にそんなに集まるのだろうか?

 当初は斜めから見ていた企画だったけど、どうしてどうして。各駅周辺に設けられるというオフィシャル会場は、次々に満員御礼になっていったし、周囲の人からも、
 「参加しようと思うんだけど、どこだったら新幹線からよく見える?」
 なんて相談を受けることも、多くなってきた。

 撮影用のカメラを載せた新幹線はレインボーカラーに装飾されるとかで、珍しい新幹線を写真に撮っておこうかなと考えていたが、周囲のお祭り騒ぎが盛り上がってくるにつれて、僕も思い切り手を振りたくなってきた。お祭りに参加するなら、一人よりみんなが楽しい。友人ら四人を誘い、筑後川の河川敷に集合することになった。



▲30分前だというのに河川敷を埋めた人々


▲長門石橋もご覧の通り


僕らと一緒に全線開業

 前日は久留米から鳥栖周辺をロケハンして、新幹線からよく見えそうな場所を探してみた。新幹線に向けてかかしをならべている田んぼもあり、早くも準備が進む様子も見ることが出来た。

 この結果、目星を付けた場所は、久留米市長門石から佐賀県鳥栖市にかけての、筑後川右岸。防音壁が低いのはもちろん、前日ツイッターで検索していたところ、長門石橋と新幹線橋梁の間に集ろうと呼びかけるツイートがあり、せっかくなら大勢の人と一緒にと思ったのである。

 あのあたりに駐車場はないはずなので、対岸の筑後川河川敷駐車場に車を停めた。三十分以上も前だというのに、対岸にも橋の上にも、すでに百人近い人が集まっている。風船やノボリを持ってきたり、「祝!九州」の手作りプレートを橋の欄干に取り付けたりと、みんなそれぞれ頑張っている。僕も、何か作ってくればよかった。

 友人らとも合流。時間が経つにつれてますます人波は膨れ上がっていき、ざっと二百人以上は集まったのではないのだろうか。路上は違法駐車で溢れる。もう二度とこんなイベントはないと思うけれど、マナーは守ろう。

 参加者は多かれ少なかれ、鉄道好きな人が大部分。新幹線が来るまで、在来線を行き交う列車群にも、熱い視線が注がれる。ゆふいんの森号は今でもスターだし、余命短いリレーつばめ号の注目度は抜群だった。

 いつしか頭上には、何機ものヘリコプターが舞い始めた。一機にはレインボーカラーの装飾も施されていて、JRが飛ばしたものらしい。飛行船まで浮かんでいる。十三時四十四分、西鉄試験場前駅近くで参加していた友人から、
 「通りましたよぉ!」
 と高いテンションの電話が入ってきた。刻一刻とその時が近付いてくる。 

 「来た!」
 誰ともなく声を上げ、歓声の中、虹色の新幹線が姿を現した。営業運転ではありえないようなゆっくり、ゆっくりとした速度で、筑後川を渡る虹色の新幹線。両手を振り、ボンボンを揺らし、旗を振って飛び跳ね、それぞれの形で手を振った。でも新幹線を迎えた高揚感は、きっと一つ。虹色の新幹線は、
 「ありがとう」
 の文字を僕らに見せながら、博多方面へと去っていった。

 数分後、鳥栖の旭山公園から手を振った友人家族の電話からも、笑顔を感じた。楽しかった。筑後川会場が一つになり、沿線が一つになり、そしてなるほど、九州が一つになった。

 ◇ ◇ ◇

 「なんだかんだで、盛り上がってきたな」
 特に鉄道に関心はなさそうな職場の先輩が、つぶやいた。ウェーブの前までは、まだまだ限られた人しか注目していなかったように感じていた新幹線開業だが、ウェーブを境に、開業への高揚感がより広く共有されたように思う。

 そして公開されたCMは、笑顔に溢れた素晴らしいものだった。新幹線の開業記念CMのはずなのに、所要時間も料金もアピールされず、新幹線の車両すら脇役で、主役は沿線の普通の人々。これは画期的なことだと思うし、九州新幹線が全通する意味が、他の新幹線の開業とは大きく違うことも示唆しているように思えた。

 これまでの新幹線は、九州新幹線の南端区間を除けば、すべて東京と直結。アピールポイントも、東京からこんなに早くなる、東京がこんなに近くなるといった視点に立ったものだったように思う。でも今回は違う。線路は東京につながるけれども、列車は直通しないし、対東京での飛行機優位は揺るがない。大阪直通の列車は意義深いけれども、中央と結ばれることとは、また重さが違うと思う。

 九州新幹線の全線開業で九州の各都市が近くなり、結びつきが強くなり、九州がひとつになることこそ、もっとも大切なこと。それを体言したイベントであり、CMだった。だからCMの最後のナレーションは、こう言っている。
 「みなさんと一緒に、全線開業です」

 そして僕ら自身はCMの中で、筑後川の人波の中で豆粒のように小さく写っていただけだったけど、この輪の中にいられたことを改めて嬉しく思った。さらにこのCMは、思わぬ形で反響を呼ぶこととなる。
 


▲「祝!」のメッセージを欄干に掲げる


▲風船大作戦!


▲今か今かと待ち構える筑後川河川敷の人々


▲「ありがとう」のメッセージを残し走り去る虹色の新幹線

▼開業2週間前に続く








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