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 常日頃から「鉄道好き」を公言していると、「鉄男」だの「鉄っちゃん」だの呼ばれるだけで、そんなに得することはない。しかし自然と周囲から鉄道関係の情報が入ってくるようになり、それが思わぬチャンスにつながることもある…。

 二月二十六日と二十七日に開催が決まった、九州新幹線の一般向け試乗会。1万1312人という破格の人数で募集が始まったのだが、応募者はそれをはるかに上回る26万2853人! 僕も応募していたのが、あえなく落選してしまった。沿線在住ということで、周囲からは関係者向け試乗会に行ったという話もチラホラ聞こえてきていたが、これもお鉢は回ってこず、腐った思いを抱く日々が続いていた。

 しかし職場の同期が、四人分の試乗券を当てたという噂をキャッチ。さっそく聞いてみれば、家族三人で行くが残り一人の枠は決まっていないという。願い倒し、拝み倒し、ついにその一席に収まることができた。心広い同期とご両親に、感謝、感謝である。

 試乗日は二月二十六日。熊本を午前十時十七分発ということで、ついでに熊本観光ができないのは残念だが、それくらいは小さな話。気分は盛り上がり放しだった。


リレーつばめにお名残乗車

 同期のご両親は熊本にお住まいなので、まずは同期と二人で熊本に向かう。久留米発八時四十一分発、リレーつばめ3号に乗り込んだ。

 この列車では、貴重な機会をくれた同期へのお礼と、新幹線開業に合わせて消えるリレーつばめへの惜別の意を込めて、グリーン個室をおごってみた。熊本までは百キロ以内なので、グリーン料金は千円。個室料金はグリーン料金二人分で、JR他社のように定員不足分の子ども料金を取るわけでもないので、追加料金は二千円ポッキリである。

 ゆうに六人分くらいのスペースを占有できる個室は、値段よりも数倍の贅沢感。窓を向いたソファも景色を見るにはピッタリで、新幹線にはないゆったりした時間が流れる。以前は熊本の会社に勤め、福岡へ出張の機会も多かったという同期も、
 「こんな部屋があるなんて、知らなかった! 上司を乗せる時なんかには、良かったのに」
 と悔しがっていた。デビュー時こそアピールされた個室も、最近ではあまり宣伝されておらず、知る人ぞ知る存在になっていたのは確かである。

 大牟田を出る頃には、つばめからリレーつばめへの歩みを紹介する放送が流れ、いよいよラストランが近付いてきたことを伝えてくれた。カメラを持つ乗客に、客室乗務員が持ってきてくれる、JR九州名物の記念撮影ボードも「ありがとうリレーつばめ」のバージョンになっており、最後の旅に彩りを添えてくれる。

 車内販売でも記念グッズを売っており、ピンバッチを買うと、ボードと同じデザインのステッカーをもらえて、いい記念になった。そこへ、さすがはきめ細かいサービスを誇るJR九州の客室常務員。

 「三月からは、長崎行きの『かもめ』に入りますよ。つばめの頃も、個室は海と逆側でしたが、長崎本線だと窓からの有明海がきれいだと思います。是非ご利用下さい」
 という、適切、的確なPRが付いてきた。それは素晴らしい。ぜひ仲間を連れて、長崎に行きたい。

 停車駅の少ない速達形のリレーつばめなので、熊本まではわずか五十分。もう少し乗っていたいと思わせる、「贅沢という名の旅」だった。

 


▲久留米での787系同士のすれ違いもあとわずか


▲ゆとりの時間が流れるグリーン個室


▲記念グッズを手に入れ、ごきげん

N700系「さくら型」に初対面、初乗車

 熊本駅に到着。三階がはりぼてになっている、在来線側の駅舎はそのままだったが、路面電車の電停が駅側に寄せられ、屋根も掛けられて、雨に濡れずに乗り換えられるようになった。軌道を移設した部分は芝生軌道になっており、都市景観上もよいアクセントになっている。

 試乗会参加者は、地下道を入って新幹線側駅舎へ。さすがは九州第三の都市の玄関口だけあり、ガラス張りで要所要所に木を織り交ぜた駅舎は、かなり気合が入ってデザインされている。駅前広場に続く上屋は、純白の壁と一体になっており、楕円に空けられた穴から青空がのぞくという按配。まだ工事中の場所もあるが、全容は開業日の楽しみにしておこう。

 ここで、同期のご両親と合流。ホークスのユニホームに身を包んでおり、ちょうど福岡で開かれるオープン戦を観戦してくるのだとか。新幹線開業で、鹿児島からでも平日にナイター観戦できるようになるとPRに余念がないホークスだが、もしかすると新幹線観戦客の第一号だったかもしれない。

 試乗会の手続きもご両親が済ませてくれていたので、ワッペンを胸に付けて、ブルーシートがかけられた改札機を横目にホームへ。駅前広場を見渡せる開放感がよい。以前の新幹線口側はまさに駅裏といった風情だったらしいが、かなり開けてきている印象で、今後も開発の波は加速するのだろう。

 もっとも西寄りの十一番ホームに、N700系の回送列車が入線してきた。試乗会列車と同じ形式なので、
 「試乗会列車は、この列車ではありませ~ん」
 と放送が騒ぐ。安全柵から身を乗り出して写真を撮る人が多く、放送のボリュームは更に上がった。

 初めて間近で見る山陽・九州新幹線用のN700系は、写真で、あるいは遠くから見て受けてきた印象以上に青みが強い。窓からは、JR西日本の車両特有の飴色照明の光がこぼれ、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」として活躍する姿とは一味も二味も違っていた。
 座席を鹿児島方面に向けたまま、空で発車していった回送列車に続き、十二番ホームに試乗会列車が入ってきた。行き先のLEDは「試乗会」を表示しており、貴重なショットをカメラに納める。数日前の試乗会の最中、ホームと車両の隙間に子どもが落ちる事故が起きており、小さな子ども連れに注意を促す放送が繰り返し流れた。

 僕たちが指定されたのは、六号車。号車のみの指定で、席は自由である。営業運転の際には指定席になる車両で、ゆったりした四列シート。すでに山陽新幹線では、ひかりレールスターでお馴染みだった四列シートだが、ブラウン系の色合いと相まって、より高級感が増した。800系新幹線の木製の椅子とはまた異質で、座り心地とも甲乙付けがたい。

 車内をぐるぐる見回しているうちに発車時間を迎え、静かに熊本駅を離れた。いつの間にかと形容してしまいたいほどの、静かな発車である。高架の線路からは、鹿児島本線から望めなかった熊本城の姿を拝めた。熊本に来る際には、いい「お出迎え」のシンボルになりそうである。

 あっという間に平野を抜けてトンネル区間になったのを潮に、車内探検へ。いくつか空席も見られ、当選したのに乗らなかった人もいるのだろうが、もったいない話だ。試乗会ということでマニアックな雰囲気を想像していたが、これを機会にお出かけといった風情の人が多く、まるで営業列車のようである。携帯ゲームに熱中している子どももいる。

 デッキ部分も白熱色の照明が優しく、木目の壁は曲線を描き、柔らかなイメージ。洗面所の区画の一部は、三面鏡を備えたフィットネスルームになっており、高級感も相まって、女性の評価は高そうな車両だ。喫煙ルームは東海道・山陽向けと同じ大型のものが設けられており、長ければ四時間を越える旅でも、愛煙家は安心である。

 六号車は半室グリーン車。グリーン車の区画に試乗会の定員枠は充てられず、見学スペースとして開放されていた。出入り口にも「長時間の占有はご遠慮下さい」と明記されていたのだが、席は六号車の試乗者で埋まり、すっかりくつろいでしまっている。ルールを設けた以上、守ってもらう呼びかけは欲しかったと思うが、グリーン車の雰囲気と座り心地も、開業後の楽しみにしておこう。

 一~三号車は自由席で、東海道・山陽新幹線向けN700系と同じ五列座席。座席の仕様もほとんど変わらないらしいが、照明と配色が変わるだけで、ずいぶんと温かみのある印象に変わるものである。

 そうこうしているうちに、新玉名着。試乗会列車は各駅停車の「つばめ」ダイヤで、速度感を味わうには今一歩だけど、各駅の様子はつぶさに観察することができる。トンネルを抜ければ、新大牟田。往路のリレーつばめより停車駅が多いのに、すぐに次々と現れる駅に戸惑うほどだ。

 走行中の列車は、とにかく静か。モーターのかすかな音や、車体が風を切る音が響くくらいで、ほとんど無音である。山陽新幹線の放送カット車両「サイレンスカー」はダイヤ改定と共に消えるらしいが、九州新幹線でも設定すれば、さぞかし静かな空間ができあがったことと思う。

 揺れもない。二百六十キロのスピードも感じない程で、三百キロくらいは余裕で出せるように錯覚する。値段や所要時間で、ライバルのバスや飛行機と競うことになる新幹線だが、静かで揺れないこともアピールポイントの一つになるのではないだろうか。後ろの席のご両親も、すっかり眠りこけてしまった。

 


▲オープン間近のフレスタ前で受付開始


▲整列していざホームへ


▲試乗会列車の入線!


▲貴重な「試乗会」のLEDを見ながら


▲6号車の試乗客に「占拠」されたグリーン車


▲営業列車のような普通車車内

期待通りのところ、期待はずれの所

 再びトンネルを抜ければ、近年の新幹線では珍しい、長い距離の明かり区間になる。車窓を期待する前評判も高かったのだが、防音壁が高い場所が多く、思いの他景色を楽しめない区間が多いのは残念だ。筑後船小屋駅からはしばらく、防音壁の最上段をアクリル板にしている区間があり、景色を楽しめたのはよい配慮。区間を広げて欲しいと思ったが、経年とともに傷付いていかないかが心配でもある。

 田園地帯を走っていたと思えば、左手に成田山の観音像が見えてきた。三駅も止まったのに、熊本から三十分も経っていないとは、早すぎる。再び防音壁で囲まれたと思えば、もう久留米市街地だった。新幹線沿いにある我がアパート前も、あっという間に通過。高い高架から見る久留米の街は、二十階建て市役所と三十五階建てマンションのお陰で、えらく都会的に見えた。駅そのものは市街地で敷地に余裕もないため、相対式二面二線の小ぶりな規模である。

 久留米を出て筑後川を渡るが、スピードは伸びない。新鳥栖までの距離はわずか7・1kmで、スピードを上げる間もないのである。両駅停車の便は結構多く、もどかしい走りをする列車は多くなりそうである。新鳥栖駅は、追い抜きも可能な二面四線の駅で、駅の規模だけを見れば久留米を圧しているのだが、ダイヤでは大阪直通の停車本数で久留米に水を空けられている。

 新鳥栖駅を出れば、わずかな間地平を走り、筑紫トンネルへ。鳥栖から福岡へは、道路も鉄道も筑紫山系を迂回していくのが当然なのだが、新幹線は山を突っ切ってしまうのだから、なんともダイナミックだ。四分の闇を抜ければ、福岡県那珂川町の山中である。遠く博多の街を見下ろしながら、急勾配を下る。日頃、車で苦労して通る筑紫野バイパスや坂本峠の山道とは、大違いである。

 右下に山陽新幹線の車両基地を見下ろせば、博多南線と合流。途端に速度も落ちる。博多南線は沿線への騒音の配慮で速度を落として運行しており、平行ダイヤの試運転列車も、速度も上げられないものと察する。防音壁は低く景色が広がるのはよいが、騒音への配慮で営業列車も速度を落とすとなれば残念で、防音対策を図りつつ速度向上に努めてほしい。久留米まではとにかく早い印象だったが、久留米から博多までは、期待したほどの早さではないというのが、正直な感想だ。

 それでも熊本からわずか五十分強で、博多の街に入った。博多駅は、九州新幹線用の折り返しホームとなる十一番ホームへ入線。すでに折り返しの試乗列車を待つ人で、ごった返していた。

 オープンを一週間後に控えた新駅ビル「JR博多シティ」は、準備の真っ盛り。ひときわの盛り上がりに期待しつつ、リレーつばめ号の自由席で、久留米へと戻った。

 


▲タワーマンションに見送られ久留米を離れる



▲博多駅到着、先頭車は大人気


▲折り返し博多発の受付会場

▼開業12日前に続く








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