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旅名人きっぷで九州再発見
その4
パワーアップした島原鉄道北目線に乗る[後]

諫早湾と大村湾

 1ボックスに1〜2人と、これまたほどほどの乗客を乗せて上り急行は走る。1両の軽快気動車に車掌が乗り込み、まめまめしく車内をまわる姿が新鮮だ。JRのローカル線は無人駅ばかり、2両(路線によっては3〜4両)でもワンマンといった路線が大多数になってしまっただけに、車両が新しくなり路線が短くなろうとも、島鉄には汽車の匂いが残る。

 もっとも今回の増発や車掌乗務列車の増加は、路線短縮で生じた車両と人員の有効活用という側面も大きいに違いない。車掌乗務については適宜、減らされそうな気がするが、充実したダイヤが今後も続くよう、目に見えた成果が出ることを祈っている。

 対面ホームの無人駅・神代町で下車。駅裏へ徒歩5分ほどの距離にある、神代小路の伝統的建造物保存地区を訪ねた。やはり建て代わった家は多いが、手入れされた生垣や電柱のない街路は、時が止まったかのよう。俗化されていない島原より、さらに俗化されていない町並みだ。

 ところどころには旧家も残る。中でも重要文化財の鍋島邸(見学料200円)は、元禄時代から増築を重ねてきた屋敷だ。明治年代に付けられたという唐破風の玄関はアンバランスにも見えるが、これも1枚板を使った貴重品。それぞれの時代の様式が詰まった建物だ。

 庭もよく手入れされていて、裏山を借景にした趣ある眺め。上ってみれば、有明海と武家屋敷の街並みを見下ろせた。重文になったのは近年のようで、この日も見学者が続々。だんだんと注目を浴びている建物のようだ。

 次の急行まで時間があるので、駅と反対側の有明海まで出てみたところ、砂利敷きの空き地がにわか駐車場となり、車でいっぱい。何のイベントかと思えば、潮干狩りに集まった車だった。遠い引き潮の波打ち際には、群がる人、人、人。家族連れはもちろん、同い年くらいのカップルなんかもいて、潮干狩りって僕が思っていたより、ずっとメジャーなレジャーのようだ。

 やはり単行、ツーマンの急行に乗り諫早へ。島原付近ほどではないが再び海岸を走り、あの有名な諫早湾の潮受け堤防も見える。堤防上の道には車が連なっており、近道としてよく利用されているようだ。

 急行は利用の多いといわれる諫早市内の駅も、ほとんど通過。諫早市内の利便性を高めるならもっと停車してよいようにも思うが、都市間の速達性に主眼を置き、近郊輸送は1時間に1本の普通と、同じ会社のバスに任せているのだろう。ローカル線でもスピードが生きることは、一部の路線が証明している。

 諫早市の官庁街の玄関、本諫早着。諫早から1駅間の利用も多いようで、この区間の超ショートランナーも今回大増発されている。川沿いの遊歩道を歩き諫早公園に出ると、出店でにぎやか。満開のつつじを愛でる、つつじ祭りの真っ最中のようだ。赤ら顔で「花見」に興じる団体さんも目に付き、飲む口実の多いうらやましい街だなと思う。

 そのまま諫早駅まで歩けば、時間はまだ4時過ぎ。そこで、1度「乗りつぶし」ただけですっかりご無沙汰の、長崎本線旧線・通称「長与回り」に挨拶しにいくことにした。諫早駅では長与回りと、トンネル経由の新線(現川回り)の長崎行き普通が続行する形になっており、長崎までの方は後続列車でとしきりに呼びかけていた。もっとも両列車、分岐駅の喜々津で相互に乗り換えできるダイヤなのだが。

 長与回りの列車は、シーサイドライナー塗装のキハ66系。電化前の筑豊本線で活躍していた車両で、車内は当時と概ね変わっていない。1974年製の普通列車向け車両ながら転換クロスシートを備え、その後の新快速電車、さらにはJR化後の都市圏快速電車のプロトタイプとなった名車だ。登場から30年以上、さすがに疲れを隠せないようではある。

 旧線のうち喜々津〜長与間はデータイム1時間毎なのだが、立つ人も出る盛況。前の座席のおっちゃん達は焼酎パックを空け、上機嫌だ。少々うるさいが、そういう旅の楽しさを知っている者として、とやかく言うつもりはない。しかしゴミを窓からポイポイ捨てるのには驚き、あきれた。子供を怒るのも難しいが、大人を怒るのは怖い。

 喜々津を出れば、大村湾の海岸線を忠実にトレース。空調オフの時期なので窓を開け放し、潮風をいっぱいに吸い込む。気持ちいい。こんな旅も、なかなか味わえなくなってきた。遠く水平線上に浮かぶ長崎空港の人工島が、蜃気楼のようだ。

 内陸に向かい、急勾配の峠越えにアタック。山には、棚田が工芸品のように積み重なっている。本川内駅はスイッチバック駅だったが、いつの間にかスルー式の、普通の駅に変わっていた。そんなニュース、鉄道誌で見たような記憶があるような…それほどに久しぶりの、旧線だ。

 のどかな風景も長与に来ると一変。狭い平地にマンションと一軒家が林立する、ベッドタウンに飛び出した。このあたりは新線沿いよりも人口が多そうで、長崎〜長与間の区間列車も運転され、30分ヘッドの都市圏ダイヤを構成。区間列車には新型のキハ200系が投入され、サービスに努めている。ただでさえ混んでいた車内は、いっそう混雑した。

 道ノ尾でも乗客を飲み込み超満員になったが、西浦上と浦上で半分くらい降ろし、長崎に到着した。新線経由で行くと、トンネルを抜けた瞬間にびっしり山の上まで家が立ち並ぶ市街地が出迎えてくれ、これがドラマチックなのだが、昔ながらの峠越えも「はるばる来た」感があって良かった。

 


▲有明海を望む鍋島邸


▲街並みも静かで美しい


▲新しいながらも地域色豊かな島鉄の車両


▲海と共にある旧線の旅路


長崎電鉄もようやく脱皮

 長崎ではちょっと時間を取って、まだ乗ったことがなかった「電鉄」こと長崎電気軌道の路面電車の、「超低床電車」を狙ってみた。3系統で公会堂前まで出迎えに行き、3連接の車体をくねらせ交差点を曲がってきた折り返し電車に乗り込む。熊本や広島の初代グリーンムーバーと異なり、鹿児島、松山などと同様の国産車「リトルダンサー」タイプだが、デザインは優れていて、輸入車にも見劣りしない。

 車内はタイヤハウスの出っ張りを利用したクロスシートが設けられているが、中間車には車輪がないためフラット。従来車並みの輸送力は確保されていそうだ。窓も大きく、いい意味で長崎の路面電車らしくない。

 長崎の路面電車といえば、100円運賃でかつ黒字経営、各都市の中古電車が走る趣味的面白さはあったが、先進性というイメージではあと一歩だった。なんせ純粋な新車は1980年が最後で、以降は旧型車両の廃車発生品を使っていたくらいだ。ここに近未来型の電車が現れたのだから、日本一の路面電車網を持つ広島と、肩を並べるレベルに来たんじゃないかなと思う。路面電車が好きで通った街に現れた新星に揺られ、嬉しくなってきた。

 先進性といえば、30万枚以上も普及していて、「おさいふケータイ」にまで対応している「長崎スマートカード」の導入も始まったようだ。これまで両替機すら設けられず、両替は「薬包紙」のような紙に包まれた両替袋で対応していたくらいだから、これも2段飛ばしのステップアップだ。もっとも100円運賃を維持してきた背景には、両替機を設けなくていいことと、多くの乗客をさばくにはキリのいい運賃がベターという背景もあったようで、カードで「ピッ」と払えるようになれば、100円運賃の見直しも行われるかもしれない。

 平和公園のある松山町以北に乗るのは、初めて乗りつぶしに訪れた91年以来。長崎大学周辺から住吉にかけて、アーケード街もある商業地になっているなんて、その時の記憶にはなかった。ひさびさに乗りなおせば、やはり「再発見」があるものだ。赤迫電停から長大まで歩いてみたが、アーケードは買い物客で賑わい、大学周辺だけに若い雰囲気もあって楽しい街だった。フラリと入ったトンカツ屋も、安くてうまかった。

 日本一好きな街、長崎市に住みたいだけで通ってみたかった長崎大学ものぞき、若い空気を吸って電車に乗れば、今度は狙ったわけでもないのに低床電車。市内に向かう人でいっぱい、後ろに乗ってしまうと満員の車内を長々とかきわけて降りなければならない。もともと長崎の電車は安くて便利なので混雑する傾向も強く、前からでも後ろからでも乗り降りできるよう、今後はカードと共に信用乗車の導入も課題かも。

 時間は7時すぎ、そろそろ福岡へ普通電車で帰ることができる限界の時間だ。普通電車での飲み食いは気がひけるが、乗る電車は途中ガラガラになることを知っているので、弁当とビールを買い込んだ。さっきトンカツ定食を食べたことはすっかり忘れ、「トルコライス弁当」を買い込んだのだが、これがガッツリ ボリューム満点で、のちのち苦しむことになる。

 長崎発19時32分発の肥前山口行きは、817系の4両編成。隣に止まる純白の「白いかもめ」を見つつ、2,500円(4枚きっぷ基準)を出してあれに乗れば2時間で福岡という雑念が沸くが、こっちも革張りシートだ!と念じ、振り払った。

 時間帯が時間帯だけに、平日なら帰宅ラッシュになる電車なのだろうが、土曜日とあって余裕。それも小長井を過ぎたあたりでは、1編成で数人という閑散ぶりだった。遠慮なく弁当を広げられて好都合だが、長崎新幹線開通後もJRでの存続が決まった肥前鹿島〜諫早の隘路を、どうJRが向き合っていくのか、闇の車窓を見ながら頭をひねった。

 肥前山口から先はロングシートの旅路になることも、前回島鉄訪問時の経験から覚悟済み。手持ちの本を読みつつ過ごしていたが、やがて瞼が落ちた。目を覚ませば基山。福岡までの道のりは、まだまだ遠い。

 


▲長崎の低床車も近未来スタイル


▲車内もぐっと現代的に


▲住吉周辺は庶民的な繁華街

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