▲唐丹駅でも大量旗の見送り
▲平田駅から同乗取材を始めた「戦場カメラマン」
▲さら地の方が目立つ釜石の海岸地区
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大船渡では悪かった天気も、吉浜を出発する頃にはすっかり春の青空になっていた。昭和50年代に開業した三陸鉄道は高規格で、リアス式海岸の多くをトンネルで突っ切るため、実はそんなに車窓から海岸の車窓は楽しめない。ただトンネルの合間から見える海は、穏やかな春の表情を見せていた。
周辺が浸水したという唐丹駅でも、大漁旗の見送りが。平田駅も、片面のホームには町内会の祝賀横断幕が掲げられていた。前のドアからは戦場カメラマン…と思いきや、物まねのレポーターが乗り込んできて、カメラを向けたら「逆取材を受けているような状態となっております」とコメントされてしまう。生中継による同乗取材のようで、「本体」の釜石駅と結んでの2元中継のようだ。車内の乗客にユーモアを交えつつインタビューしていた「戦場カメラマン」だったが、トンネルに入り中継が切れればいたって真面目に段取りをしており、オン・オフを切り替えるプロ魂を垣間見る。
トンネルを抜ければ、釜石市街地である。漁業と工業の街らしい活気も見られるのだが、今はさら地の方が目立っていた。新しいショッピングモールが立ち、復興の息吹は感じられる。半年前は吉浜までしか行けなかった線路は、1年前に内陸経由で行った釜石まで、確かにつながった。
釜石駅到着。ホームは見物人とマスコミでごった返しており、降りるやいなや「どちらから?」「福岡なんて珍しいです!どうかお願いします」と必死にお願いされ、IBC岩手放送のカメラの前に立った。女性レポーターからの問いかけに、沿線の盛り上がりに感動した、これからも応援してますとしゃべったように記憶しているが、うまく伝わっただろうか。土曜午前中の朝ワイドの時間とあって、各局は競って中継を行っていたようである。
喧騒を抜け、地下道に降りると、応援メッセージの寄せ書きコーナーが。サインペンを手に、それぞれが思い思いのメッセージを寄せていた。駅前では出店や記念式典の準備が進んでいたが、人出はさほどではない。午後の式典に向け、徐々に賑わってくるのだろう。
準備中の駅前を横目に、釜石市街地へ。銀行や店舗の再建は一部で進んでいるが、さら地や1階部分が大破したまま空き家になっている建物も多い。大潮や低気圧の時は冠水の恐れありとの注意看板もあり、市街地の再興には難しさをはらんでいる。
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