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1日目【10月12日】 万世橋→羽田→福岡→小値賀島→野崎島
東京〜野崎、14時間の旅路


地元航空会社の快適なフライトを楽しむ


▲歴史あるレンガ高架が再生した


▲廃駅当時そのままの階段を上がる



▲安全に、間近に見られる電車

 10月12日、関東方面への所用を終えた僕は、旧万世橋駅ホームのカフェでホットコーヒーをすすっていた。10月というのに気温が30度を超えたこの日、周囲を見てみれば、ほとんどの大人が生ビールを傾けている。僕もコーヒーを注文してから、しくじったと感じたのだが後の祭りだ。中央線の電車が目の前を通り過ぎて行く中、コーヒーだろうがビールだろうが、格別な味だと言い聞かせる。

 東京に行ったら、ぜひとも訪ねたかったのがここ「マーチエキュート神田万世橋」。戦時中まで、中央線の神田〜御茶ノ水間に存在した、万世橋駅跡を再開発した施設である。「エキナカ」でお馴染みのエキュートブランドの一つで、鉄道内の施設ではあるが、現役の「駅」ではない。「テツナカ」とでも呼べばよいのか、ともかくJRの商業開発の新境地である。東京駅丸の内駅舎に続く、稼げる文化財の活用法の一つとも言える。

 場所は御茶ノ水駅からブラブラ線路沿いを歩くこと、約5分。中央線の高架橋が赤レンガに変わって、すぐの場所である。真新しいエントランスや高層ビルの中でも、古びた高架橋は存在感を放つ。高架の上では、最新型の通勤電車が行き交うのも、また対象の妙である。

 ガード下に入ると案外、赤レンガの意匠に直に触れられる箇所は少ない。アーチを下から支えるようにコンクリートで耐震補強が施されているためで、これは安全の上でも仕方のないことである。テナントはエキュートらしく、お洒落な飲食店が多いのだが、鉄道好きにはたまらないグッズの店も多い。

 しかし鉄道好きにのって何よりの見どころは、旧万世橋駅ホームに上がれることだろう。ホームへの階段は、1943年の廃駅当時そのままである。階段を上がれば、真横を通勤電車や「あずさ」が駆けて行く。カフェ「N3331」の様子は冒頭に記した通り。コーヒー400円、生ビール550円を列車の真横で味わえる。フードも充実しているようで、今度は夜に飲みに来たいものだ。

 さて、2泊3日に渡る東京滞在もこれにてフィナーレ。飛行機で福岡に飛び、久留米に帰ってあとの2日間はのんびり…とはならない。これから飛行機と船を乗り継ぎ、人口800万人の東京から、人口1人の長崎・五島列島の野崎島へと渡る旅へ出発である。ここ万世橋駅は、はるかなる旅路の出発点であった。

 もともとは10月の3連休、旅の仲間に誘われ、野崎島でのんびり3日間を過ごす予定を立てていた。そこに降って沸いた、東京での所用。野崎島での滞在は1日短縮せざるを得なくなり、しかも安い時間の飛行機を選んだら、久留米の自宅に一旦戻るのもおっくうな時間しか残らなかった。そこで自宅によらず、東京から野崎島へ直接乗り込むプランを立てた次第である。

 万世橋を出発地に定めたものの、戦前に廃止になった駅である。ガラスの向こう側に行き交う中央線の電車を眺めつつ、歩いて秋葉原駅に出て、山手線で東京駅へと向かった。

 もう東京に来て3日目にはなるのだが、改札から、丸の内のドームの空間に出ると、東京へ来たなという気分になる。駅舎の前やドームの中では、日本人、外国人問わず、記念撮影する人の姿が絶えない。改修前から東京のシンボルではあったが、今回のリニューアルでその地位は、不動のものになったと思う。

 一方の八重洲口側も、現在大改造の真っ最中にある。新しい百貨店が入居する高層ビルが完成、そして真っ白な幕天井がシンボルの「グランルーフ」が姿を現した。夕暮れの時間、地面から当てられた照明が、幕天井に反射しやわらかな光を投げかける。一休みできるベンチも随所に設けられ、季節が良ければ列車までの時間を首都の風に吹かれ過ごせるようになった。

 見下ろせば駅前はまだまだ工事中だが、完成の暁には丸の内と好対照を成す玄関口になりそうだ。

 再び山手線の人となり、浜松町へ。羽田空港へは、モノレールの空港快速で移動する。久留米人の僕にとって、モノレールは非日常の乗り物。やはり非日常の首都高の夜景を見ながら、短い滞在となった東京へと別れを告げた。

 羽田から福岡空港へは、スターフライヤー(SFJ)で飛ぶ。北九州空港が本拠地のSFJだが、2011年には福岡便が就航。大手2社に加え、スカイマークとも競う激戦区となっている。3連休初日となったこの日の夜、北九州行きは空席多数だったが、福岡便は最終便まで満席になっていた。

 羽田のカウンターはターミナルの端っこにあり、モノレールや京急の駅からはそこそこの距離を歩かなくてはならない。その代わり保安検査は専用の入口なので、あまり混まず、VIP待遇のような錯覚も感じられるのはよい。

 いわゆるLCCとは異なる新興航空会社のSFJだが、少ない機体でやりくりしているのはLCCと同じ、中小航空会社の弱み。到着機材遅れのため、30分遅れが予告された。じたばたしてもしょうがないので、喫茶で高くて普通の味のカレーをつついた。


▲東京の玄関、丸の内口のドーム


▲記念写真を撮る人の姿が多く見られた


▲八重洲はまた変わった趣に


夜行船に揺られ、高速船に揺られ


▲闇に溶け込む黒い機体


▲見慣れた博多駅に戻って間もなく、未知の島へ



▲快適な夜を過ごせるグリーン寝台

 予告通り30分遅れで、闇に溶け込む黒い機体に案内された。SFJは飛行機の機体内外から制服、WEBサイトまでCIを貫いているのが特徴で、機内には黒のゆったりした革張りシートが展開する。簡素化が進む他社と異なり、飲み物の無料サービスや全席装備のテレビモニタなど、サービスも充実。LCCとは一線を画す会社である。

 離陸後、東京の夜景が見える間の景色は楽しいのだが、都内を抜ければ機体と同じく、漆黒の闇が包むのみ。ミュージックサービスやビデオサービスが、旅の無聊を慰めてくれる。ミュージックチャンネルは福岡のFM局・CROSS-FMのプロデュースで、TVにも福岡の経済番組や音楽番組がプログラムされており、地元福岡の翼であることを感じさせる。ただあちこちに回した挙句、「秘密結社・鷹の爪」に落ち着く人が多かったのは面白かった。

 結局30分の遅れは取り戻すことなく、福岡空港着。地下鉄で博多駅に出て、3日前に預けておいた荷物を取り出した。中身は着替えと、アウトドアの服装である。多目的便所で仕事着から着替え、鞄に詰め込み、さきほど荷物を取り出したばかりのロッカーに再度詰め込んだ。

 見慣れた博多駅ビルに、福岡へ帰ってきたことを実感する間もなく、22時前の西鉄バスで博多港へ。満員状態で、さすが離島航路出発直前のバスだと思ったのだが、途中で続々降りて行き、博多ふ頭まで乗った人はわずか数人であった。

 ウォーターフロントとして様々な施設が展開する博多港だが、温泉施設「波葉の湯」は夜行船の乗船前にはありがたい存在。船旅の前にのんびりくつろいで…という絵を描いていたのだが、飛行機の遅れで、20分少々のカラスの行水になってしまった。以前は露天風呂に1ヶ所だけあった源泉かけ流し浴槽が、循環式になっていたのも残念。この1ヶ所が、評価につながっていたのに。

 ベイサイドプレイスのコンビニで寝酒を買い出しして、フェリーターミナルに向かった。五島行きフェリーの名前は「太古」。離島航路らしい、飾り気のない実質本位の船だが、旅気分が盛り上がる名前である。

 今夜の根城は、2,000円の追加でベッドで眠れるグリーン寝台を抑えてもらった。JRの寝台料金に比べればさしたる値段でもないのに、船員さんに席まで案内され、なんだか恐縮してしまう。

 部屋に入れば、他の寝台はすでにお休みモードで、抜き足差し足でベッドイン。どうやら早い時間から乗船できるらしく、早朝下船でも充分な睡眠時間を取れるように工夫されているようだ。バスが混まなかったのも、乗船時間が長く、乗客が分散するからなのかもしれない。

 清潔なシーツにくるまれ灯りを落とし、眠りに落ちたかと思えば朝5時前。小値賀島到着の時間である。眠い頭を抱えて荷物をまとめ、ぼんやりしたまま降り立った。早朝とも深夜ともつかない時間だが、港は出迎えで賑わう。家に帰って一眠りしてから、1日が始まるのだろう。

 島の人が散ってしまった後は、ガランとしたターミナルに独り、残された。野崎島行きの船は、朝7時25分発。旅人は行き場をなくしかけてしまうが、そこをきちんとフォローしてくれるのが、この島のいいところ。野崎島へ渡る旅行者向けに、朝8時まで使える冷暖房完備の仮眠室が備わっているのだ。さっそく転がりこみ、寝不足を補う。

 朝7時半、2度目の目覚めを迎えた。昨日は浜松町で見上げた朝陽を、今日は小値賀の港で浴びる。昨日より1時間遅く、東西の時差を感じた。

 小値賀町は3つの有人島を有し、それぞれ町営の渡し船で渡ることができる。待合所には「離島方面乗り場」と書いてあり、小値賀も離島やないかい!と一人、突っ込みを入れたいところだが、感覚は分かる。

 公称人口1人の野崎島へも、1日2本の定期船が出ているのは面白く、奇跡のようでもある。僕の他にも4人の乗船客が現れたが、昨日から小値賀に滞在している人たちだろう。500円なりのきっぷを船内で求め、定刻7時25分に出航した。

 佐世保行きの巨大なフェリーに見送られながら、野崎行きの小さな高速船は港外へと踏み出した。悪天候なら波に揉まれそうな船体だが、凪いでいて、ほとんど揺れを感じない。

 15分もすると、目的地の野崎島が見えてきた。人口1人の島とはいえ、かつては数百人が住んだ島であり、思ったよりも大きい。島の北岸からまわりこみ、定刻より少し早く野崎島・野崎港に到着した。

 ほぼ無人島のはずの島だが、僕を3人の人が出迎えてくれた。幻の島民…なワケはなく、福岡の旅の仲間である。そもそもは6月の鹿児島・薩摩硫黄島でつながった「島の旅人」と、英会話学校の「学友」さんだ。硫黄島から帰った後も、飲み会や小さな旅にお誘い頂いており、今回の野崎島も「島の旅人」さんの企画に乗っかった次第である。

 ひさびさの再会ではあるのだが、おひとりは一旦小値賀に戻り、おひとりは福岡に帰るところ。再会を喜ぶ間もなく、数分で「また会いましょう〜!」とお別れになった。

 気を取り直して、島での24時間がスタートだ。


▲早朝4時とは思えぬ喧騒の小値賀の港


▲港で迎えた朝


▲小さな高速線でさらなる離島へ


▼2日目に続く
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