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4日目【7月15】 郡上八幡→美濃太田→名古屋→久留米

長良川から筑後川へ


輝く郡上八幡の街


▲町名表示も趣がある


▲登り詰めて郡上八幡城


▲名水サイダーを飲みながら殿様気分

 町屋の宿の朝ご飯は、一階のお座敷で食べた。格子の間からは、朝の営みを始めた通りを行き交う人々の姿が。格子のおかげで直接は見えないけど、お互いの存在を感じることができる。ゆるやかに仕切る、日本建築の工夫の一つである。

 今朝もおいしく朝ごはんを平らげ、行動開始。郡上八幡城は八時から開けているとのことで、早朝から行動したい旅人にも嬉しい。ただ山城に上がる前に、荷物は置いてておきたい。城下町プラザに預けられるかなとおばさんに問うてみれば、宿の土間の小上がりに置いておいてよいとの、有難い言葉を頂いた。身軽に、城への上り坂を歩み始めた。

 ぐねぐねと曲がる車道を突っ切るように、歩行者用の山道があるのだが、当然ながら傾斜は急で、調子に乗っていると息が上がる。思いのほかきつい道を登ること20分で、天守閣の下へたどり着いた。

 テントのチケット売り場があり、お城だけなら三百円だが、博覧館とセットなら六百円、みどころ通行手形なら千五百円など、各種のセットのチケットがある。僕らは3つの施設を利用できる入場券に「おやつ券」2枚がついて千円という「郡上八幡とっておき散策クーポン」を購入。さっそく二つのおやつを何にしようか、喧々諤々である。

 郡上八幡城は復元天守だが、その復元からも今年で80周年を迎えており、お祝いのノボリ(これもセンスがある)が上がっている。決して大きな城ではないが、山上に凛とたたずむ存在感は、充分だ。復元された時代が時代だけに、木造というのも貴重である。

 もちろんエレベータなどという無粋なものはなく、最後の力(?)を振り絞って五層の天守を登ると、山と川に抱かれた八幡の街を見渡せた。夏空に、セミの声が染み入って行く。ゆたかな街だと、改めて思う。

 入場券売り場横の土産物屋は九時のはずなのに、九時半頃にやおら開店準備が始まった。とにかく喉が渇いた、水分が欲しい。冷蔵庫にはビールも見えたけど、踊り子さんが瓶を持って踊るラベルもレトロな「郡上八幡天然水サイダー」に惹かれた。瓶入りで200円はちょっと高いけど、すっきりした後味は天然水の成せる業か。ひさびさの「強炭酸」の刺激が、喉を抜けて行く。

 麓に降り、新橋へ。今日も、飛び込む子どもたちの姿は見られない。夏休みに入ってからの風物詩なのだろうか。橋を渡ったところにある町役場の旧庁舎は、下見板の近代木造建築。一階には郡上八幡のお土産品が各種揃っているし、観光パンフや休憩喫茶も充実している。中心街に駅のない街にとって拠点になる施設で、街歩きの目印になる。

 この日は二階で、大正時代の大火の展示も行われていた。郡上八幡の街は、大火でほとんど焼け野原になってしまったそうだ。今の街並みはその後に再建されたもので、思ったよりは近代のもの。縦横に張り巡らされた水路も、火災に備えたものなのだとか。焼け野原からの再建の過程では、復興事業と位置付け、政策的・計画的に行われたとの記述も見られた。美しい街並みには、再建に賭けた様々な人の知恵と努力があったのだろう。

 街中にも関わらず清らかな川や、張り巡らされた水路には、あちこちに洗い場が設けられている。上流側が調理、下流側が洗い物という序列があり、皆がきれいに使えるよう工夫されている。水が習慣と文化を作っている。

 そんな大きな洗い場がある乙姫川。街中なのに清流のような川だと思っていたが、川沿いに上流へ五分も歩けば、乙姫渓谷になった。街中に住んでいれば、朝の散歩に行って来られるような渓谷である。水力発電所の跡なんてのもあり、水の恵みはこんな形でも活かされていたのかと思い至る。

 さらに400mを登れば、乙姫の滝。大きくはないものの、段々に降りてくるやさしい流れの滝である。深みの場所でも底が透き通って見えるほどの透明度で、たまらず足を浸けてみたら、三十秒も耐えられないほどの冷たさ!この水が1キロも流れずに吉田川に注いでいるのだから、水の冷たさは押して知るべしである。飛び込みでの事故の原因は心臓発作が多いというのも、頷けるしびれだった。

 続いて、慈恩寺の庭園「てっ草園」」へ足を運んだ。とっておきクーポンのうち一枚は、民芸館とここのどちらかを選べるようになっていて、これまた喧々諤々の末に選んだ見学先である。物腰柔らかなお寺の奥様に迎えられ、庭園へ。山の岩場を借景に、池へ滝を導いた、自然を活かしたたたずまいが素晴らしい。紅葉の季節はさぞかしと思うが、夏の緑も充分にきれいだ。写真撮影厳禁なのは残念で、目にしっかり焼き付けた。

 帰り際に、ぜひお参りをと勧められたのは、境内の中にあるお堂。「下の世話」を頼らねばならないような病気にならないよう、健康を守ってくれるのだそうだ。「下の世話」に頼らねばならないケガをした経験からすると、有難いことではある。ただ最期まで一人で生きていける人間なんていないってことも、肝に銘じておきたいことだ。

▲旧庁舎はインフォメーションが充実


▲洗い場は町内のあちこちに


▲乙姫滝は流れゆるやか


どこか懐かしい街を歩く


▲なかなか見られない「こぼれたラーメン」のサンプル


▲川に張り出す家の下で遊ぶ子どもたち



▲日の丸が揺れる街並み

 郡上八幡は、食品サンプルの街でもある。昔の食堂やデパートの屋上レストランのショーケースでよく見た(それだけでもなかろうが)、あれである。土産物のキーホルダーにして売り込んだり、製作体験をやったりと、これも一つの産業観光。十二個セットのお菓子なんてあれば職場への土産としてウケるかもと思ったが、幸い(?)そのような商品はなかった。ちなみにクーポンの「おやつ券」も使えるが、当然見た目がそうなだけで、おやつにはならない。

 散歩の疲れを、吉田川を望むオープンカフェで癒す。名水で淹れたアイスコーヒーは、やはりすっきりした後味。夜にはバーにもなるようで、夜の川の風に吹かれながらのカクテルってのも最高だろう。昨夜の町屋バルにしても然り、夜が遅いだけでなく、若い世代でも楽しめる街だ。古い街並みが「あるだけ」の街とは違う。

 郡上八幡のシンボルでもある湧水「宗祇水」。神棚が祀られ、豊富な水にも関わらず感謝の気持ちを忘れない、街の人の気持ちが伝わる。ここも野菜洗い場〜洗濯場の取り決めがあり、上流側でペットボトルに給水。あちこちに湧水があるので、郡上八幡に来てから水やお茶を買っていない。

 名古屋では35度を超えたこの日、川遊びをする子どもたちの姿があちこちに見られた。川には三階建ての家々が張り出し、「人工地盤」の上には庭がある。他では見られない、特徴ある風景を作る。

 二枚使えるおやつクーポンは、左党コンビらしく二軒の酒屋へ。秘蔵生酒と大吟醸の地酒を、それぞれ一杯ずつ試飲させてもらった。水よしの土地でできる酒が、どうしてまずかろう。後刻、同じく日本酒好きの同期のお土産に、一本仕入れて帰ることになる。

 古い街並みには、ずらりと日の丸が並ぶ。そうだ、今日は祝日だった。僕の出身も田舎の街で、祝日には日の丸を掲げる習慣は根付いていたけど、それも最近ではだいぶ少なくなってきたように思う。近年できた祝日、それもハッピーマンデーでも掲げられる日の丸に、古き良き雰囲気が一層増す。

 クーポンで入場できる郡上八幡博覧館へ。通年で郡上踊りの実演を行っていて、時期を外して来ても踊りを見られるというのがウリの展示館である。二階の郡上八幡と水の展示が面白く、本稿で書いた郡上八幡と水の知識もおおかた、ここで仕入れたものである。ちなみに博覧館に入場すると、併設のお土産屋の5%割引券が貰える。品揃えも充実しているので、余所で買うよりお得だ。

 お昼ごはんは、郡上名物の「鶏(けい)ちゃん」を狙った。郡上八幡に来るまでにもあちこちの店のノボリで見てきた名前で、地元ではテイクアウトして家で食べるのが主流。しかし街中には、食べさせてくれるお店も何店舗かあるようだ。昨夜のバルでは駅近くの国道沿いの店を推してくれていたのだが、駅まで行って閉まっていたら目も当てられないので、街中の店に飛び込んでみた。

 出てきたそれは、甘辛味噌に削りぶしをパラっとかけた鶏肉料理。地元では家庭の食卓に当たり前に並んでいそうだけど、他の地域から見れば珍しい、正しいB級グルメだ。お昼だけど、ご飯がもりもり進んだ。

 列車の時間を考えると、街中で過ごせるのもあと二十分といったところ。時間に縛られる鉄道旅行だけど、時間の使い方に頭を使うのも醍醐味ではある。来た道を引き返し、入ったのは「カフェ町家さいとう」。庭に面した座敷に並ぶソファが、不思議とマッチしている。エアコンはないけど、全開にした窓から吹き込む風が心地いい。

 男二人では雰囲気もへったくれもないけど、縁側が空いていたので遠慮なく特等席を占めた。街中にありながら静かな庭を眺めつつ、抹茶スカッシュのアイス乗せをつつく。甘い匂いに誘われたのか、クマンバチが二匹寄ってきた。

 小一時間はのんびりしたい場だったけど、名残惜しくも後にして郡上八幡駅へ。木造平屋建の古い駅舎だが、有人駅なのでよく手入れされており、荒れた雰囲気はない。どこにでもあったはずなのに、JRではなかなか見られなくなってきているタイプの駅である。

 駅内には、小さな鉄道資料館がある。1986年に国鉄から転換されて生まれた長良川鉄道だが、展示物は国鉄時代のものが多い。大島駅の鏡には、廃止に揺れていた当時の「百回の陳情より一回の利用」という標語が記されていた。再びローカル線が冬の時代を迎えた今も、各地で通じそうな言葉である。


▲お昼ごはんにはボリュームある鶏ちゃん


▲庭を眺めながら抹茶スカッシュ


▲鉄道資料館には国鉄時代の資料が


長良川を渡り、筑後川を渡る


▲列車を待ち受けるツアーのみなさん


▲うだる暑さの中、保線作業も進む



▲長良川を徐行で渡る

 14時52分発、美濃太田行の列車は、多くの乗客が待ち受けていた。ほとんどがツアー客で、景色のよい一部区間を「体験乗車」するようである。長良川鉄道では一日二往復「ゆら〜り眺めて清流列車」と銘打ち、景勝地で徐行運転を行っている。この列車もその「2号」で、団体さんのコースにも組み入れられているのだろう。

 団体の一部区間利用は、九州でも南阿蘇鉄道のトロッコ列車でよく見られるし、かつての高千穂鉄道も同様の手法で集客に努めていた。ローカル私鉄にとっては貴重な収入源で、混雑は明日も走り続けるために必要なことだ。ただ「のんびり乗りたかった」というザキの気持ちにも、共感する。

 列車は二両編成でやってきた。乗る人は多いとはいえ、席をえり好みしなければ全員が座れる程度。僕らは景色を楽しみたいので、最後尾の出入口前に立つことにした。それにしても、全席オールロングシートというのはどうなのだろう。混雑対応はできるけど、景色をウリにする列車には適任と言い難いのでは?昨日乗った「郡上八幡おもてなし列車」の印象が良かっただけに、その差が気になった。

 沿線には「指定列車30」という速度制限標識が立っており、措定列車とは言わずもがな、「ゆら〜り眺めて清流列車」のことである。列車が減速を始めたら、景勝地のサインだ。清流の名に違わぬ、長良川の流れをゆっくりと楽しめる。岩場から飛び込む子どもたちの姿も見える。

 ただ、確かにきれいな風景が続くのだが、案内放送は一切なく、団体さんの乗客の中には車窓に関心を示さない人も多かった。アテンダントか、それが無理なら録音テープででもいいから、何か「解説」があると、より楽しめるのではないかなと思った。

 子宝温泉で団体さんは下車。温泉を楽しんだのち、バスで帰路につくコースとかで、よくできている。一方で列車は、風景も乗客の姿も、日常の姿に変わって行った。

 美濃市から関市にかけては、かつて名鉄電車の路面電車が並行していた区間である。この区間が廃止になる際、乗り換えの利便性確保のために関駅へ名鉄電車が乗り入れるようになっていたのだが、関から先もその後廃止の憂き目にあっている。関まではその名鉄電車で来たことがあり、痕跡を探したのだが、見つけることはできなかった。

 美濃太田着。非電化の高山本線の駅ではあるが、近代的な橋上駅にTOICA対応の自動改札が並ぶ姿は、大都市近郊の駅のようだ。名古屋までは50分余りの短い時間ではあるけど、三連休の最終日でもあるので、特急「ひだ」の指定券を確保しておいた。贅沢なようだが、特急料金は新幹線の乗り継ぎ割引で半額になるので、大きな負担ではない。

 さすがに混雑していたが、清潔で窓の大きい「ひだ」の乗り心地はよい。JR創世記の車両で、これまでリニューアルが行われていないとは信じられないほどだ。加速性能も高く、今もって一級の特急車両だと思う。

 十分ほど遅れが出ていたこともあって、岐阜から東海道本線に入るとグングン飛ばす。もともと130キロ運転の新快速に前後を挟まれており、ディーゼル車の迫力ある走りを楽しめる区間である。ただ名古屋到着直前には、先行列車に行く手を阻まれ、徐行運転を繰り返した。

 結局二十分近い遅れになったが、名古屋で1時間半のインターバルを取っていたのは幸い。ザキは名古屋が初めてということもあり、最後に名古屋らしいメシを食ってから解散というわけで、地下街で味噌カツを食べられる店を駆け足で探した。バタバタになってしまったが、まずは満足だ。

 新幹線改札をくぐると、三連休の最終日とあって大変な混雑である。指定席ももちろん軒並み満席で、きちんと席を抑えておいてよかった。四日間を共にしたザキとはホーム上で解散、18時32分発の東京行き、博多行きそれぞれの「のぞみ」に乗り、それぞれの帰路へとついた。

 300キロ運転の「のぞみ」とはいえ、さすがに名古屋〜博多間となると長い道のり。山陽区間では政令市以外では姫路に停まり、岡山や広島といった大駅に匹敵する乗客が降りて行ったのには驚いた。姫路停車ののぞみは一時間に一本程度で、それなりに乗客が集中してくるらしい。航空機の攻勢に対抗する新幹線。途中駅の利用者の掘り起こしは、重要な戦略の一つである。

 岡山、広島とどんどん乗客を吐き出し、博多に着くころには連休とは思えない空きぶりになってしまった。博多では在来線特急に乗り継ぎ鳥栖へ、さらに普通電車で久留米へ。長良川から筑後川へ、陸路でも夕方から夜のうちに移動できるというのは、驚異でもあった。


▲清潔な「ひだ」の車内


▲外観からも古さを感じない「ひだ」


▲混み合うホームに「のぞみ」入線


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