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3日目【7月14日】 白川村→北濃→郡上八幡

一日一本のバスを駆使し水の郷へ


傘が手放せない白川郷


▲縁側に朝が来る


▲朝の集落には観光客の姿もまばら



▲八幡から先は、棚田が広がる

 エアコンのない部屋だったが、心地よい風が吹き込み続け、朝方には寒いほどだった。縁側に差し込む陽に目覚める。すこぶる、健康的である。

 朝ごはんももちろん健康的で、朴歯みその七輪焼きが並ぶ。卵に海苔ももちろんあるので、ご飯は都合三杯はいける計算。昨日は、特にうまくなくとも進む旅先の朝ごはんと思ったものだが、増してうまいとなれば、とめどなく進む。

 九時過ぎ、荷物をまとめて宿を出た。朝の時間は観光客の姿もまばらで、ゆっくり散歩を楽しめる。モーニングコーヒーを味わいたくなり、明善寺を望む合掌造りの喫茶へ。メニューはコーヒー(五百円)のみなので、「アイス?ホット?」と聞かれるだけの単純明快さ。大きな窓からは、明善寺の威容を真正面から眺められる。ゆっくりコーヒーを舌の上で転がしながら、しばしぼおっとする。

 店の前の路地は、駐車場からストレートに集落にやってきた観光客が通る道で、初めて大きな合掌造り建物に出会う瞬間である。立ちすくむ、少し路肩に入って写真を撮る、また歩き出すという動きを二人に一人がとっており、そんな観光客の様子を眺めるのも楽しい。

 身軽になるため、バスの発着するせせらぎ公園駐車場へ。釣り橋には、早くも車で着いて村歩きを楽しもうとする観光客が、大挙押し寄せ始めていた。荷物を預けられるか不安になったが空いており、何のことはない、マイカー観光客にコインロッカーは無用なのだった。十時過ぎにして駐車場も満車状態で、早くも空車待ちの列ができあがっている。

 八幡神社へ参拝。僕にとっては、立派な集落を代表する神社にしか見えないのだが、ゲーム好きには別の意味を持つらしい。なんでも「ひぐらしのなく頃に」なるゲームの舞台らしく、聖地巡礼に訪れる人も少なくないのだとか。なるほど、絵馬にはキャラクターが踊っている。そして建築好きともバックパッカーとも違う男一人の旅人の姿も、そう言われてみれば目に付き始めたのだった。

 観光客も増えはじめた時間だが、八幡神社から東側までは来る人が少ないようだ。大きな合掌作り民家を活用した食堂が数軒、並んでいるのだが、こちらも昼食時間前とあって手持無沙汰。その代り、棚田に民家がポツポツと並ぶ姿は、日本の原風景のようだ。空は晴れ、緑と青、そして茶色のコントラストが強まり、美しい。農家に溶け込むかのように数軒の民宿もあって、今度はこっちにも泊まってみたいと思う。

 国の重要文化財の、和田家を見学。入場料は三百円。今も人が住む一般住宅でありながら、天井裏から座敷まで公開している。勲章も飾られ、家系そのものも名家のようだ。天井裏から見下ろす風景に癒され、吹き抜ける風の気持ちよさも相まって、何時間もここにいたくなる。天気も晴れのまま、安定してきたようだ。

 雨の風景もよかったけど、夏らしく陽に輝く集落も眺めてみたいという思いが沸き上がり、再び展望台への道を登る。ゆくやかな坂道で、大勢の人が登っている道だが、すでに真夏。汗が噴き出してくる。

 しかも展望台に着くころには曇りはじめ、やがてポツポツと落ちてきた雨粒は、大雨に変わった。休めってことだよと、生ビールを飲みつつ雨宿りしていたのだが、雨はさっぱり上がらない。バスを待つのも難儀なほどだったが、小雨になったタイミングを見計らってバスに乗り、麓へと下りた。下って十分も経つと、再び日差しが…。

 時間は一時前。昨日から御馳走続きで、少しお腹を休めたかった僕らは、もり蕎麦を求めて「行列のできる店」に並んだ。値段はさすがに観光地価格で「御馳走」だったけど、ほどよくコシのきいた麺は美味しかった。

 24時間近くを過ごした白川郷も、14時半のバスで発たねばならない。時間調整のつもりで、最後はせせらぎ公園に隣接した、合掌造り民家園を見学した。ダム建設に伴って移築されてきた合掌造りの民家ばかりなので、厳密に言えば建物の並び自体は「作りもの」ではある。でも見学者は少なくて落ち着いたたたずまいだし、蕎麦打ち体験や土産店なども充実。昔の白川郷の映像も興味深く、数時間は過ごすことができそうである。五百円の入場も、割安といえるかもしれない。

 白川郷は少し観光地「過ぎる」面も見られたけど、どこを切り取っても絵になる風景はやはり代えがたい魅力である。有名な雪の風景を求めて、また訪れてみたい。


▲太陽に輝く合掌造り集落の風景はお預けに


▲意外と雰囲気がある民家園


▲建物の中も自由にみられる


バスと列車でつながる名所


▲コンクリートダムと違った美しさがある


▲ダムの湖畔をひた走る



▲北濃駅到着

 白川郷から、次の目的地・郡上八幡方面へは、バスで抜ける。と書くと簡単そうなのだが、この間を結ぶバスは、なんと一日に一本。しかも冬期運休という隘路である。案内所兼切符売り場で貰った時刻表を頼りに、余裕を持って七分前にバス停に着いてみて驚いた。既に発車時刻を三分過ぎているではないか。七月一日にダイヤ改定が行われたらしく、案内所で配っていたのは改定前の時刻らしい。

 万事休すと絶望しかけたが、先にバスを待っていたおじさんが一人おり、まだバスは来ていないとのこと。駐車場渋滞に掴まっていたらしく、バスは20分近く遅れてやって来た。結果的には事なきを得たものの、案内所と名乗る以上、最新の情報を置いてもらわないと困る。

 ともあれ危ういところで乗れた路線バスは、総所要時間三時間近い路線にも関わらず、一般路線バスタイプだった。最新型のワンステップバスである。僕ら以外の乗客はわずか二人で、三連休ですらこの状態なのだから、日頃の閑散ぶりが察せられる。

 駐車場渋滞を横目に、バスはまず平瀬温泉へ。白川郷周辺の温泉地といえばここが有名らしいのだが、なんとも静かな温泉街で、人の気配が薄い。公共交通は不便な場所だけど、その分のんびりするには良さそうである。

 電力会社関連の立派な施設が見えてきたと思えば、高さ131メートルのロックフィル式ダム「御母衣ダム」が現れた。ゴロゴロと積み重ねられた岩の壁は、コンクリートダムとはまた違う存在感があり、圧倒される。その上は広大な御母衣湖。湖の周囲を、乗客四人のバスは走って行く。

 人の気配は一層薄くなったのに、バス停は割と小まめに設けられている。初乗り運賃は百円に抑えられており、きめ細かなバス停間の短距離利用を促すが、1日1本では、なかなか百円運賃を活用する機会もなさそうである。

 濃尾バスと共用の牧戸「駅」を通過すれば、ひるがの高原へ。スキー場があり、別荘らしき住宅も立ち並んでいる。バス本数も増える(といっても平日五本、休日二本だが)が、乗客が増える気配はない。その名も分水嶺公園を過ぎれば、バスは下り勾配にかかった。日本海側から、太平洋側に抜けたようである。

 こちらもアユ漁が解禁になったらしく、渓流には釣り人の姿が絶えない。山奥まで、よく入って来るものだと思う。湯平温泉という、どこかで聞いたような温泉地を過ぎれば、だいぶ平地へと下ってきた。いつしか遅れも、十分以上縮めている。バスは郡上八幡まで直通するが、僕らは長良川鉄道の終着駅・北濃で下車。なかなか乗りごたえのある、一時間半だった。


 北濃駅は、延長72キロを誇る長良川鉄道・越美南線の最果ての駅。ここを始発駅に鉄道の旅を始めるというのも、なかなかオツなものである。無人駅だが、かつての有人窓口の上には、「エキゾチック・ジャパン」キャンペーンのステッカーが残っていた。郷ひろみ「2億4千万の瞳」がCMソングだったことでも知られる、旧国鉄のキャンペーンである。

 広い北濃駅の構内は、無人駅とは思えないほど手入れがなされており、転車台も残っている。一日わずか8.5往復の列車を迎え入れるだけの駅なのだが、周辺の方々に大事にされている駅なのだろう。ホームの先端には「終着駅」の看板が立つが、島式ホームはこの先の延長を目論んでいたことが分かる形態である。福井県側の越美北線と結ばれる日は来ないのだろうが、もし結ばれていたら両県の間の流動はどう変化していたのだろうと思う。

 長良川鉄道のディーゼルカーは単色塗装で、JR西日本と同じく経費節減策なのかもしれないが、新しい軽快気動車ながら、渋い味わいを醸し出している。セミクロスシートの車内には、座席にも網棚の上にも、郡上市の観光ポスターがずらり。どのポスターもセンスがあり、旅気分が盛り上がってくる。これから郡上八幡に向かう観光客としては、歓迎されている気分だ。車内に差してあった観光パンフレットは、のちのち役に立つことになる。

 白川郷から乗ったおじさんと共に、三人を乗せて出発。ローカル線らしいなと思ったが、駅ごとに小まめに乗客を拾っていき、白鳥駅では家族連れも載せてさらりと座席が埋まった。白鳥駅は木造の大柄な駅舎で、駅員さんも詰める。家族連れの実家なのか、見送るじいさん・ばあさんの姿に、タイムスリップしたかのような錯覚に陥った。

 線路には東海北陸自動車が並行し、目障りでもあり、長良川鉄道に与えている影響も小さくないだろうとも思う。しかしそんなことは無関係かの如く、長良川沿いを、のんびりと走る長良川鉄道。先頭から流れる川を見つめる乗客の子どもたちにとっても、輝く夏の思い出になっていることだろう。

 約45分で、国鉄の雰囲気を色濃く残す、郡上八幡駅着。ここで「途中下車」する。僕が手にしている切符は、白川郷〜北濃の白鳥交通と、北濃〜美濃太田の長良川鉄道を乗り継いで利用できる割引きっぷ。通常運賃3,850円が3,000円になる上、途中下車自由なので、降りれば降りるほどトクになる計算だ。しかも二日間有効で、僕らの旅のためにあるような切符である。

 ただ切符の通し番号は、七番。四月二〇日の発売から三ヶ月近く経っているのに、白川郷発では十枚も売れていないようだ。


▲夢途切れたどん詰まりの終着駅


▲夏の思い出を残し行く


▲時代がかった郡上八幡駅


水に親しむ街


▲それぞれが水辺で過ごす郡上八幡の夕暮れ


▲今宵の宿は長屋の民宿



▲日も暮れいい雰囲気になってきた

 郡上八幡の駅舎もまた国鉄時代そのままで、じっくり観察してみたいのだが、駅内のミニ鉄道博物館も閉まってしまったようなので、八幡町の中心部へと出ることにした。運賃百円のコミュニティバスも出ているのだが、涼しい時間でもあるので、ぶらぶらと歩いていくことにした。

 夕暮れの長良川。涼しい風が渡って行く。長良川鉄道の鉄橋を曲がれば、郡上八幡のシンボルともいえる、吉田川である。鉄橋の下では、若者グループがBBQに興じていた。こちらでも鮎が最盛期のようで、釣り人の姿があちこちに。川べりにはテントを張ってキャンプしつつ、川遊びに歓声を上げる子ども達も。近所の人は犬とともに、カップルは足を川につけつつ散歩を楽しむ。それぞれが、それぞれに川に親しんでいる。いい風景だ。

 吉田川の橋を渡れば、赤い「本町」のゲートがお出迎え。タイムスリップしたかのようなレトロな佇まいは、あえてそのまま、遺してあるのだろう。時代がかった木造三階建てや酒屋さんの並ぶ本町の通りを抜け、まずは今宵の宿にチェックインする。

 民宿・小川屋は、土間が表通りから裏庭まで貫通した町屋形式。二階の部屋からは通りを見下ろすことができて、昔ながらの下町情緒に浸れる。廊下を歩くときは、床にミシミシ音を立てないように注意せねばならないが、これも風情の一つと捉える余裕が、この街にいると生まれる。

 夕ご飯は「まわりに、おいしいお店はたくさんあるから」と外に出ることをすすめられていたので、夕方六時過ぎ、さっそく街歩きを兼ねて出かけた。宿には草履もあったので履いていこうとしたら、涼しいだろうと下駄をすすめてくれた。慣れずに歩きにくくはあるが、カランカランとかなでる音に風情を感じる。

 軒の通った整然とした、しかし歴史を感じる街並みのあちこちから、水音が聞こえてくる。ところどころには水飲み場もあって、喉を潤すことができるのも嬉しい。

 この街の名風景の一つ、子どもたちが川へとダイブする新橋。下をのぞきこむと、目もくらむような高さである。8メートルの崖から飛び込んだ経験はあるけど、こちらは12メートル。ぜったいに無理だ。ただ安易な飛び込みによる事故もあるらしく、、自制する看板が出ていた。衝撃によるケガよりも心臓麻痺の危険が大きいらしいが、それは次の日、川に入ってみて分かることになる。

 この旅最後の夕飯は、名物ともいえるウナギを食べることにした。国産のうなぎでかは分からなかったが、店の地下から沸く井戸水で立てているとかで、郡上八幡の恵みが詰まったうなぎであることは間違いない。筑後の民として「うなぎ=せいろむし」のイメージもあるのだが、香ばしいかば焼きの味わいも最高だった。

 食後にメインストリートの新町界隈に出ると、提灯に明りが灯り、昭和を感じる風景が広がっていた。開いている店も通りを歩く人も多くて、「さびれた地方の商店街」の雰囲気はみじんも感じない。かといって、いかにも観光地といった騒がしさもないのにも好感を持った。

 町屋の雰囲気を残しつつ、こじゃれたカウンターをしつらえたバルがあったので、勢いで飛び込んでみた。郡上八幡らしいメニューがあるわけではないけど、ハイボール280円、枝豆の燻製200円と安いし、チャージがないのも嬉しい。お客さんも地元と観光客の半々で、旅人としては最も好ましい客層だ。

 いつしか、左隣の地元の兄さんとも打ち解けていた。
 「お二人とも、ラッキーでしたよ!」
 というのもこの店、まだ開店して一週間しかたっていないのだとか。値段も開店記念特価というより、試行錯誤している段階とかで、明日もこの値段かどうかは分からないのだとか。いずれにせよ、開店早々満席に近い賑わいなのだから、末永く続いていくことと思う。

 店を出たのは夜10時半過ぎだったが、通りや川の岩場、遠く山の上にそびえる郡上八幡城のライトアップは続いていた。川べりのカフェはバーとして開いているし、山間ながら夜を楽しめる街というのも珍しい。お盆の前後には郡上踊りを徹夜で踊るというが、夜更かしの文化も昔から根付いているのかもしれない。

 郡上踊りといえば、7月から9月にかけて、特に8月には毎夜のように行われる踊りの日に当たらなかったのは、唯一残念だった点だ。当地を訪れるまで郡上踊りに関する知識はほとんどなく、まさか夏のうち32日も踊るのだとは想像もしていなかった。お盆前後、8月13日から16日の4日間は朝4〜5時まで踊るという「徹夜踊り」もあり、長良川鉄道も深夜列車を出すというのだから驚異である。静かな夏の夜の郡上八幡もよかったけど、踊り狂う夜も真髄だろう。ぜひ再訪してみたい。

 夜の賑やかさも本分の街とはいえ、ファミリーや釣り人がメインの宿は既に寝静まっていた。音を立てないよう抜き足差し足で風呂に入り、ヒソヒソ声で会話して、静かに寝入った。


▲うなぎのかば焼き、いっただっきまーす!


▲思わず吸い込まれた下町バル


▲踊りのない静かな夜もまたよろし


▼4日目に続く
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