▲TOP ▲鉄道ジャーニー

1日目【6月21日】
いぶたま、倒木にぶつかる

久留米→鹿児島→知覧→鹿児島



台風を避けつつ、順調に鹿児島へ


▲今回の旅のルート

 鹿児島県鹿児島郡三島村、硫黄島。中学生の時に読んだ雑誌・旅と鉄道に連載されていた「日本列島外周気まぐれ列車」の記事で、この島の存在を知った。硫黄で港は茶色に染まり、孔雀が舞い、波打ち寄せる秘湯がある島。ネットもない時代、文章と数枚のモノクロ写真以上の情報は得られなかったが、何だか大いに引きつけられた。

 硫黄島へは、鹿児島からフェリーで片道4時間、週に2〜3便と聞けば、決して便利ではなさそうに感じる。しかし週末には、鹿児島を土曜日に出航し日曜日に戻ってくるダイヤを組んでいる週が多く、行こうと思えば福岡からの土日旅行も可能だ。

 なのに踏ん切りがつかず、十数年に渡って「憧れの島」のままだった硫黄島。2013年の年初めに立てた、行きたい場所へ「行きたい」気持ちに嘘を付くまい!という自分への誓いを果たすべく、ようやく重い腰を上げることにした。出発は、6月第3周の週末だ。梅雨時期ではあるけど、今年はカラ梅雨気味なので、天候も持ちこたえてくれるだろう。

 ところが出発2日前に台風が発生、金曜夜に最接近との予報が下った。出航は土曜日とはいえ、波が残れば欠航になるかもしれない。どうしたものかなと思いあぐねてたが、ふと昨年のことを思い出した。

 8月末に沖縄の渡嘉敷島へ研修旅行に出かけることになっていたのだが、台風接近に伴う欠航の可能性を示唆し、旅行の中止をすすめてくれたのは、他ならぬ島の研修施設の人だった。船会社は当日まで欠航の判断を下さないけど、今回の規模の台風なら経験上、まず欠航になるとみて間違いない。島の人も、すでに欠航を見越して予定を変えている。行程の変更をおすすめする…との電話が、わざわざ事務局長の僕の元に入ってきたのだった。

 島の人にとって、船は生命線である。それだけに、どの規模の台風で欠航するか否かを判断する「勘」は、間違いないものだろうと思えた。事実、船は当日朝に欠航が決まったが、既にすすめに従って渡嘉敷島への渡航を取りやめたプランに組み替えていたおかげで、150人は路頭に迷わずに済んだ。

 そんな経緯を思いだし、さっそく泊まる予定の宿へ電話。

 「大丈夫だと思いますよ」

 え、台風が弱いってことですか?

 「いえいえ、台風が過ぎると、急速に波が弱まるんですよ。今回の台風なら、土曜日の便は出るでしょう。まあ自然のことですから、100%とは言えませんけど」

 なるほど。まあ渡れなければ渡れないで鹿児島の旅を楽しめばいいし、予定通り旅立つことにした。

 硫黄島への航路は、鹿児島港を9時半に出航する。久留米からでも朝の新幹線で下れば間に合うのだが、せっかくの旅。取り損ねていた代休を金曜日に充て、金曜日は鹿児島周辺をぶらりと楽しむことにした。

 となれば新幹線で急ぐ必要もなく、選んだ交通機関は高速バス。新幹線開業後も安い運賃を武器に、むしろ乗客を伸ばしている。ネットで予約した往復割引運賃の8,000円は、新幹線の半値以下だ。飛行機の早割に相当する「席割」を活用すればもっと安くなったのだが、旅立ちを決めた頃には時すでに遅し。2週間前には、ずらりと満席の×印が並んでいた。

 高速バスに乗ろうとすると、まずインターのバス停まで出るのが一苦労なのだが、久留米の東部方面に出勤する友人に送ってもらい助かった。5社の共同運行になっている鹿児島行「桜島号」だが、7時42分発の鹿児島行は西鉄高速バスの担当便。最前列の1A席があてがわれていたが、足元が狭いとのことで後ろの席への移動をすすめてくれた。

 バスはガラガラ、僕を合わせても5人しか乗っていない。台風接近で、旅行を取りやめた人が多かったのかもしれない。しかしこの人数でも「席割」が満席とは、一体何席が「席割」対象便なのだろう。

 3列の座席は、ピッチこそ新幹線にはかなわないものの、幅はゆったりしていて快適。大きな窓は新幹線にない楽しみで、九州山地の風景を楽しめる。曇り空の隙間からは時々晴れ間ものぞき、台風接近を忘れそうだ。鹿児島に近付くころにはパラパラ降りになってきたけど、さしたる勢いではなかった。

 本を読み、惰眠をむさぼっていれば、あっという間に鹿児島の街。久留米から3時間10分、鹿児島中央駅向かい側に完成したバスターミナルに降り立った。昨年完成したばかりのターミナルはピカピカで、発車案内のメロディが都会の駅を連想させる。内装にも投資を惜しまなかったようで、新幹線の駅はもちろん、空港をもしのぐ高級感が漂う空間だ。昼ごはんをどうしようか悩んでいたが、ターミナル地下に手頃な値段の鉄板焼き屋さんがあり、鹿児島らしく黒豚バラ焼肉で早めのランチとした。

 鹿児島中央駅に行くと、駅ビル「アミュプラザ」の増床工事のため、シンボルだった大階段の撤去工事が始まっていた。見慣れた風景が消えるのは寂しいが、駅ビルは当初から計画されたもので、大階段は仮の姿だったという。本来計画されてきたターミナルが実現するのだから、喜ばしいことなのかもしれない。


▲宮原SAで小休止。少し晴れ間も見える


▲新しいバスターミナルはガラス張りで明るい


▲大階段の撤去工事が始まった鹿児島中央駅


指宿のたまて箱、倒木に衝突


▲盛大にミストを吐く「いぶたま」


▲床はだいぶ痛みが目立ってきた



▲桜島は雲の中

 鹿児島中央駅からは、指宿行の観光特急「指宿のたまて箱」、通称いぶたまに乗り込む。指宿まで往復すると定価では4千円近くかかるが、今回は「指宿レール&バスきっぷ」を準備しておいた。往復いぶたまに乗っても3千円と格安で、片道を知覧経由のバスにすることもできるフレキシブルなきっぷだ。今回は、往路いぶたま、復路バスのコースを描いている。

 いぶたまは新幹線全線開業の2011年3月12日にデビューの予定だったのだが、東北地方太平洋沖地震の津波警報は当地鹿児島にも及んでおり、初日は運休になってしまった。僕は、事実上の運行開始日になった2011年の3月13日の2番列車に乗車。セレモニーの一切は取りやめになったが、初日らしい歓迎の様子はあちこちで見られた。以来、平日でも切符の取りにくい列車として名高い観光特急に成長したが、3年目の姿はいかに?

 みどりの窓口にはいぶたまの空席情報が出ており、平日昼間の列車ながら空席は10席程度を残すのみと、やはり人気だ。列車を待ち受ける乗客の中にはビジネスマンもちらほらいたが、主役は観光客。中国(台湾?)からの観光客も、団体・個人合わせて10人ほどいた。観光で食べて行かねばならない九州にとって、ありがたいお客様である。

 指宿から「2号」として上ってきた列車は、11時46分着。下り3号の発車までは8分しかなく、なかなか慌ただしい。清掃を終え、車内に入ることができたのは発車数分前である。玉手箱をイメージした出入口のミストは健在で、多くのカメラとスマホが向いた。

 車内に入れば、木をふんだんにつかった内装に、窓を向いた座席が展開する。運行開始から2年を経て、新鮮さは失われていないし、乗客らも車内に足を踏み入れた瞬間、歓声を上げるる。床の木材は、1日3往復の酷使でだいぶ痛みが目立ってたが、これも味わいのうちか。無垢材なので、研磨すればまた元の輝きを取り戻すことだろう。

 席に着く間もなく、いぶたまは単線の細道へと駆けだした。鹿児島市内の区間は市街地の発達が進んでいて、ICカード「SUGOCA」も使えるようになり、一部では高架化の工事も進んでいる。路面電車の専用軌道と併走するあたりは、広電と併走する山陽本線の車窓と重なった。

 この時刻、すでに台風は熱帯低気圧へと変わっていたが、空はどんより曇り空のまま。坂之上付近の鹿児島市内を一望できる絶景スポットでも、桜島まで見渡すことはできなかったのは残念だ。

 ガタン!右手から、列車に物がぶつかる音がした。倒れた竹にでもぶつかったのだろうか、それにしても大きな音だったなと思っていたら、突如急ブレーキがかかり停車。運転席から、
 「倒木に衝突しました。おけがをされたお客様はおられませんか!?」
 と、緊張感のあるアナウンスが入ってきた。

 ケガとは大げさなと思っていたが、運転席の様子がひどいというので覗きに行ってみれば、何ということか助手席側に倒木が飛び込んでいるではないか。なるほど、乗客の安否も気にかかるほどの惨状である。運転士さんにけががなくて、まずはなによりだ。

 倒木が倒れてきたのは切り通しの区間だったが、列車が止まったのは錦江湾を望む場所だったのは、観光客にとってせめてもの慰め。客室乗務員らはお詫びにと飴を配り、記念撮影サービスも行うなど、和やかな空気を作ろうと努めていた。乗客も観光客がほとんどなので1分1秒を争う人もおらず、むしろ貴重な経験ととらえている様子である。

 ほどなくして保線の係員が現れ、窓ガラスの応急措置と倒木の除去作業にかかった。作業は手際よく進み、わずか50分で運行再開。ひとまず次駅まで走るのか、喜入まで行くのかの説明が運転士と乗務員でバラバラだったり、代行バスの情報がなかったりと不十分な面がなくはなかったが、その程度の話。迅速な対応の中での混乱であろう。

 列車はようやく、波穏やかな錦江湾を一望できる区間へ。列車本来の絶景に出会え、乗客も観光列車のテンションに戻ってきたが、まもなく終点の喜入である。

 喜入駅では代行バスが待っているとの案内が入ったが、乗っていた列車がどんな状況なのか気になる気持ちは、乗客誰しも同じ。ほとんどの乗客が、一度列車の前に行って、痛々しい姿になった先頭部の様子を確認していた。駅員も乗務員も、決して急かさなかったのも立派だ。

 駅前にはすでに代行バスが到着しており、降りた乗客は順次案内されていた。この調子ならば、指宿到着の遅れも1時間以内に留まるのではないだろうか。わずか50分の間に代行バスを手配し、待ち時間もなく運んだのだから、まずは迅速で的確な連携プレーだったと思う。


▲倒木が飛び込んできた助手席


▲痛々しい姿に乗客も注目


▲すでに発車を待っていた代行バス


知覧の武家屋敷を巡る


▲10分近い閉鎖の末、ようやく踏切を通過した「いぶたま」


▲一軒一軒ちがう石垣の姿



▲普通の通りにも、街が並び水路が走る

 僕はいぶたまで指宿まで行って、バスで折り返してくる予定だったが、時間の余裕もなくなったので、行き券は喜入で前途放棄。駅前のバス停(とはいっても50メートルほど離れている)から、知覧行のバスを待った。

 観光列車とバスを組み合わせた割引きっぷといえば、宮崎の「海幸山幸」で大好評。バスは日南海岸を巡る観光バスで、ガイドさんも乗り「大人の修学旅行」を楽しめる。一方、いぶたまとセットになっているのは鹿児島交通の路線バスである。普通の路線バスだが、ローカルバスの旅もまた一興だろう。途中、知覧周辺ではフリー乗降ができて、バスの時刻にさえ気を付ければ、周辺の観光地巡りにも便利だ。

 ところでバス停から指宿枕崎線の踏切が見えるのだが、もう3分くらい閉まりっぱなしだ。鹿児島方面の列車の運行再開に、手間取っているのだろうか。知覧方面のバスが来たので乗り込んだら、運転士さんから、
 「お客さん、JRで来た?」
 とフランクなノリでの質問が。かくかくしかじか、事態を説明し、踏切も数分前から閉まりっぱなしだというと、
 「もー、いっつもJRは勝手やから!」
 とおかんむり。バスを降りて、駅に向かって「早く出せ!」と手招きした。この効果があったのかなかったのか、間もなく「いぶたま」は鹿児島方面へと回送されていった。

 バスは喜入発、知覧行の区間運行便。うねうねした山道を登るバスの乗客は、結局僕一人きりだった。運転士さんと雑談しながらの30分は、まるで巨大タクシーである。

 30分で、知覧の武家屋敷入口バス停着。知覧へは、小学校の修学旅行で特攻平和祈念館に来たことがあるけど、武家屋敷までは巡ってくれなかったので、今回そぞろ歩いてみることにした。7つの庭園を見学できる共通拝観券は、500円である。

 平日の台風のさ中とあって、観光客の姿も少なく静かな武家屋敷の界隈。精巧に積みあがった石垣と、手入れされた生垣の整然さは、見ているだけでも気持ちいい。石垣は家によって、石の形も積み方もそれぞれ異なっており、興味深い。石工たちが競い合ったのだろうか。

 それぞれの家の入口には、目隠しとしての役割と敵の攻め込みへの備えから、正面には障壁が立ちはだかっているのが特徴。現代のブロック塀並みの薄さながら、精巧に積まれた石積みに、当時の技術力の高さがうかがえる。

 公開されている庭園は7か所。自然石を積み、中国の水墨画のような風景を庭に表現している。植え込みは、背景の山々と呼応するような「稜線」を描いており、手入れの技術も優れているのだろう。こうなると山が雨に煙る姿も味わいがあり、縁側に座りしばし眺めていたくなった。

 通り沿いにある伝統家屋「二ツ屋」では、知覧の名物でもある知覧茶と、名物お菓子の「げたんは」を頂きながら、雨降る庭園を眺めつつの落ち着いた時間を過ごせた。一時雨脚が強くなったが、観光には支障ない程度で留まってくれたのは、日頃の行いの良さ故か。なんでもプラスに考えることだ。

 16時のバスに乗り、通学の高校生の喧騒の中でうつらうつらすること1時間20分、市内(鹿児島県の人は、他の市在住でも鹿児島市内を「市内」と呼ぶ)へ戻った。途中打ち切りとなった「いぶたま」だが、喜入駅では払い戻しなしとの案内を受けており、気になって駅の窓口へ。確認するとやはり、特急券相当分は払い戻しになるとのこと。割引きっぷなので払い戻しは割引額の800円に留まったが、飲み代のタシにでもしよう。

 天文館界隈をブラブラ散策しながら一休みしていたところ、ケータイが鳴った。金曜日、ようやく仕事の終わった友人と合流し、中央駅前の屋台村へ。観光客も入りやすく、地元の人も来る屋台村という形式は、地のものを地の雰囲気で味わいたい旅人にとってありがたい存在だ。

 適当に決めた雰囲気のよさそうな店に飛び込み、まずはビールで一杯。きびなごや「豚のアゴ」など、酒にもよく合う地の料理を堪能する。さすがは薩摩で、焼酎も聞いたことのない銘柄の瓶がズラリ。静岡から出張中のサラリーマンさんとともに、各種銘柄を楽んでみた。

 友人は明日も仕事ということで、早く切り上げようと言っていたのだが、久々の再会とあってお互いブレーキがきかなくなるもの。友人行きつけの居酒屋や雑炊屋を巡り、名残惜しくも切り上げた頃には午前1時半をまわっていた。

 実はこの時点でまだ宿を決めておらず、天文館を歩きつつネットカフェにでも入るかなと思っていたら、20時以降のチェックインなら3,800円というビジネスホテルを発見。チェックインしたところ、さらに朝食付きだと分かり、歓喜である。

 ざっと汗を流し、ベッドに倒れこんだ頃には2時を回っていた。

▲庭園は山々を借景に


▲夜が近づいてきた鹿児島の繁華街


▲にぎわう屋台村


▼2日目に続く
inserted by FC2 system