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3日目【6月23日】
絶海の孤島はすぐそばに

硫黄島→鹿児島→久留米



村の軽トラで空港へ包丁を研ぎに行く


▲島唯一のコカコーラの自販機


▲民家にはシーサーが並ぶが


▲のどかな雰囲気に包まれた小中学校

 午前四時ごろ、雨が屋根を叩く音で目を覚ました。貴重な島での時間、朝10時の出航までは島を散策したかったのにと思う気持ち半分、遅くまで寝てても大丈夫だなとほっとした気持ち半分で、再び目を閉じた。

 五時、スマホのアラームで起きてみれば雨は上がり、聞こえるのは鳥の鳴き声と、波の音だけだった。茶色の海を見ながら、自分の今いる環境を再確認し、外に出たい気持ちでウズウズしてきた。ざっと顔を洗って、五時半には玄関のドアを開ける。まず目指すは港を見下ろす、通称・恋人岬の展望台だ。

 集落を歩いていると、民家の前にシーサーが置かれてあるのを見つけた。奄美よりずっと鹿児島に近い三島村は、完全に薩摩の文化圏だと思うのだが、琉球文化の影響も受けているのだろうか。このお宅だけでしか見なかったので、個人の趣味かもしれないが。

 島唯一の学校が、硫黄島小中学校。学校としては小さな規模ではあるけど、島の中では最大規模の施設である。校庭は草で覆われ、裸足で駆けたい気分になった。自分に子どもがいたら、ぜひこの学校に「しおかぜ留学」させたいと思う。

 集落を抜け歩いていると、三島村の文字が入った軽トラが止まり、おじさんが「乗りな!」と声を掛けてくれた。明らかに観光客とはいえ、朝6時の道を歩く見知らぬオッサンを拾ってくれるのだから、大らかなものだ。こちらも警戒心ゼロで、「ありがとーございます!」と言いながら乗り込んだ。

 なんでも役場の出張所に勤める方だそうで、今日は竹の切り出しに使うカマを研ぐため「空港」に行くのだとか。硫黄島でなければ、訳の分からぬ理由に吹き出したろうが、なんとなく納得できてしまうのだから、おかしなものだ。珍しい村営空港に興味はあったが、距離があるので諦めており、願ったりかなったりである。感謝!

 「空港道路」は車一台通るのがやっとの幅しかなく、両側は草ぼうぼう。刈ることもできるのだが、飛行機で降り立った人にはこの方が面白かろうと、あえてそのままにしているのだとか。ぱっと視界が開けた所にあるのが、日本唯一の村営空港・硫黄島空港である。フェンスが行く手を阻んでいるようで、実は扉がオープン状態。「関係者以外立入禁止 三島村長」の看板もあるのだが、他ならぬ役場の人が入っていいと言っているのだから、遠慮はいらないだろう。

 ターミナルビルというか待合所は、こじんまりしたRC造の平屋建て。待合室やトイレはもちろん、事務室への扉までもがフルオープンなのだから驚く。硫黄島では、まず家も店も鍵を掛けないそうだが、まさか空港までとは。唯一?鍵をかけているのは開発センターで、キャンプ客が雨宿りのため無断で立ち入ったことが何度かあったのだとか。入る分には構わないけど、火を使われたら困るという理由も、やっぱり平和だ。

 立ち入り自由なのは滑走路も同じで、チャーター機しか来ないとはいえ、いちおうは営業中の空港、その滑走路に立つことができるのも本邦唯一だろう。滑走路がわずか600mのミニ空港とはいえ、生身で立てばでかい。一応村の業務らしい、滑走路の点検のため軽トラで往復した。

 ちなみに自家用車で滑走路に乗り入れる夢を果たしたくて、車を積んでやってきたヒコーキマニアもいたそうだが、分からない気持ではない。島の人も、島内の隘路では車を飛ばせないので、ストレス解消にアクセルを思いきり踏むため、滑走路を走ることもあるとのこと。

 この小島に空港があるのも、ヤマハのリゾート開発がらみ。村に払い下げられた今、いざという時に飛行機でひとっ飛びできるのは安心なのだとか。飛行機のチャーター料は7万円かかるそうだが、鹿児島まで漁船を出せば15万円かかるので、安いものなのだそうだ。

 牧場を右手に尾根を走り、恋人岬まで送ってもらって、おじちゃんと別れた。ちょっと見たら乗せて帰ってもいいよとの ありがたいお言葉も頂いたが、もともと往復歩くつもりでいたし、ゆっくり歩いて景色を見たい気もしたので、気持ちだけありがたく頂いた。

 岬の展望台に登れば、どこまでも続く東シナ海の海原。眼下には集落と、港の濁った海が広がる。港外では、青い海と茶色い海がグラデーションを成す。硫黄岳は昨日から引き続き、姿を見せてくれない。ちなみに「恋人岬」の名は、恋人同士で来ると結ばれるという逸話からだとか。しかしここまで一緒に来るような恋人なら、すでに固い絆で結ばれているんじゃなかろうか?

 恋人岬から島の西側はよく見えないが、恋人岬に通じる岬橋からは、両側がよく見渡せる。西側は、断崖絶壁。人を寄せ付けない雰囲気があるが、崖の上は平和な牧場が広がるのも対照の妙。この牧場に沈む夕陽も、また絶景とのことである。


▲軽トラで滑走路を疾走!


▲茶色に染まる港


▲牧場の向こう側は断崖絶壁


乗り換え1回でつばがっている南の島


▲東温泉への道からは、南国らしい色の海も臨める


▲ダイナミックな朝風呂を満喫



▲見送りも、ジャンベの音に合わせて

 宿まで1時間かけて戻れば、朝ごはんの時間。朝から体をよく動かしたので、白いご飯がことの他おいしい。和食の朝ごはんではあったけど、モーニングコーヒーがつくのも、嬉しいところだ。NHKラジオを聞きながら。ゆっくりコーヒーを飲んで時計を見れば、8時10分。船の時間までは2時間を切ったけど、もう一度 東温泉に行く時間はありそうだ。

 というわけで身支度を整え、再び島の東側に向かって歩き出した。片道25分の、勝手知ったる道のりである。時間は違えど、曇り空とあって昨日と同じ表情の岩場の温泉。海面は少し高かったけど、引き潮に向かう時間なので不意に高波に襲われる心配もないだろうと、二度目の秘湯に飛び込んだ。朝から、極楽極楽。昨日は入れなかった熱めの湯船も、夜の間に冷めたのか適温に変わっていた。

 帰路には天候が崩れ始め、合羽で雨を避けつつ9時半に宿に戻った。他の宿泊客は既にみな港に行ってしまったらしく、もぬけのから。まだ船の出航まで40分もあるのだが、早発することもあるのかもしれない。荷物をまとめて7,100円(一泊二食6,500円+焼酎600円)を払い、急いで港に向かった。

 待合所兼出張所に行くと、すでに切符の販売窓口は閉まっていた。往復券を買っておいたので何も影響はなかったけど、買ってなかったら途方に暮れただろう。そこへ、二人組の女性がやって来た。
 「もう窓口閉まってるね」
 「じゃあ船内で買えばいいね」
 なんだ、それでいいのか。

 出張所の隣では、島で唯一の土産屋が、船の出航時に限って店開きする。店を守るのは、今朝まで宿でお見かけしていたはずの、島宿ほんだのお母さん。特産の椿油製品が一番手頃な土産で、実家用に石鹸を一つ求めた。職場に持っていくような個包装のお菓子がないのは残念だが、手間がかかり そうそう作れるものではないだろう。珍しい所では孔雀の羽根なんてものもあった。

 雨はいよいよ本降りになり、見送りのジャンベも出張所の倉庫に身を寄せての演奏になった。ジャンベスクールを「卒業」するのか、硫黄島Tシャツを着た若い女性も見送りを受けていた。週に2〜3回繰り返される出航の風景には、毎回ドラマがあるのだろう。見送りの人に手を振りつつ、再訪を誓った。

 船首の向きを変え、フェリーみしまは外洋へ。雨が上がれば見られるかなと思った硫黄岳の姿は、雨煙の中にあった。帰路の船も、三階は宗教団体の団体席にあてがわれており、二階の二等船室に押し込められた。

 昼食の時間には皆、談話室で弁当をつつく。弁当を売るような店は三島ともないはずで、宿で作ってもらったものらしい。僕は自販機のカップ麺をアテにしていたが、五品目中三品目が売り切れで、選択肢がなかった。下手すると売り切れという可能性もあり、民宿に最終日の弁当を作ってもらうのは、忘れずにいたい。

 鹿児島側の天候も良くはなく、開聞岳も桜島も雲の中。離島航路と沿岸航路が行き交う錦江湾を縦断し、鹿児島港に到着した。レトロな切符をぜひ記念に欲しかったのだが、村営航路らしく「監査があるため」という理由で回収になった。

 ウォーターフロントの商業施設「ドルフィンポート」でお土産と昼食を買い込み、種子島・屋久島ターミナルへ。二島への船のターミナルになっているだけではなく、高速バスの窓口と乗り場もあり、乗り継ぎターミナルの体裁を整えている。三島・十島行きの待合所からでも五分とかからず、乗り継ぎの便はよい。久留米からでも、南西諸島は乗り換え1回でつながっているのだ。高速バスの夜行便を駆使すれば、南の島はもっと身近な存在になりそうである。

 とはいえ鹿児島港ターミナル14時55分発のバスは、港発車の時点では僕一人だった。美しい路面電車の芝軌道を高速バスの高い視点から見下ろしつつ走れば、鹿児島空港バス停に着くころには満席近い盛況になった。

 久留米までの約3時間は、往路に読んだ小説の続きに没頭し、日曜日の夕方にいつも聞いているラジオに耳を傾けていれば、あっという間。インターから空港バスに乗り市内に戻れば、午後7時になっていた。硫黄島から7時間、時間だけを見れば長い気もするが、平和な島の日常から、変哲もない地方都市の日常に戻るには、適度な時間かもしれない。

 思いのほか、気軽に訪ねることができると分かった硫黄島。再訪を果たしたいと思ったし、南西諸島や五島の島々も訪ねてみたいと思った、梅雨の週末だった。

▲鹿児島港ターミナルには、船とバスの窓口が並ぶ


▲島と久留米を乗り換え1回で結ぶ


▲ゆったりシートに身をゆだねればあっという間


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