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旅名人きっぷで九州再発見
その5
「平行在来線」で鹿児島へ 2011.4.29

2ヶ月目の平行在来線を下る

 GW前半戦は、鹿児島県の最南端・与論島へ行く機会に恵まれた。未知の南の島、それもめったに経験できない船旅とあって、心が弾む。

 船は、鹿児島港を18時に出航するとのこと。鹿児島まで新幹線で一気に駆けてもよいのだが、せっかく時間もあるので、この春「平行在来線」となった鹿児島本線と肥薩おれんじ鉄道を乗り継ぎ、鈍行列車で下ってみることにした。

 手にしたのは、三度登場の「旅名人の九州満喫きっぷ」。九州内のJRに加え、全ての私鉄も3回乗り放題で1万5百円という、ユニークなきっぷである。

 久留米7時34分発、熊本行きの普通電車で旅のスタート。距離の長い電車だけに、クロスシートの811系が来てくれることを期待していたのだが、ロングシートの415系電車でがっかりした。GW初日とあって、部活出動の高校生に加えて、大荷物の人も多く見られる。

 大牟田以南でも乗客は減らず、長洲や玉名といった中都市での乗り降りが目立った。在来線特急がほぼなくなった鹿児島本線だが、もし特急が残っていれば、この人たちはどの列車に乗ったのだろう?と思う。

 1時間半の苦行に耐え、熊本駅着。折りしも熊本行きのSL人吉号が発車の準備にかかっており、記念撮影をする人が絶えなかった。復活から2年を迎えたSL人吉だが、人気が続いているようでなにより。新幹線の開業で、より広い地域からの乗客を集めているようだ。

 入場券を買って、開業後初のGWを迎えた新幹線の様子も見に行ってみた。9時台という利用しやすい時間ということもあり、新大阪行き「さくら」の自由席乗車口には、長い列。JRグループ全体では、今年のGWは震災の影響でガグンと利用が減ったそうだが、新幹線効果か九州と西日本だけは伸びを見せており、まずはほっとする。

 そんな新幹線を横目に、僕の在来線の旅は続く。次なるランナーは、人のあふれるSL人吉のホームの横からひっそりと発車する、おれんじ鉄道直通快速「スーパーおれんじ」号。週末限定で熊本から水俣を直通する、おれんじ鉄道のフラッグシップトレインである。水俣からの上り列車は満員の盛況だったが、そのうちどの程度がおれんじ鉄道からの直通客なのかは分からない。

 下り列車は多くの空席を残したものの、寂しくはない程度の乗客を乗せて出発。八代まではノンストップで、新幹線接続の新八代さえ通過するのは痛快である。レンゲ咲く八代平野の風景に見ほれながら、在来線の八代駅に到着した。

 


▲長距離の客も目立った熊本行き普通電車


▲GWの人出で賑わう「さくら」ホーム


▲1両の単行気動車「スーパーおれんじ」

のんびりおれんじ鉄道

 八代駅のおれんじ鉄道ホームには、あふれんばかりの人が待っていて驚いた。立客こそ出なかったものの、ほぼ満員という盛況である。苦境が伝えられるおれんじ鉄道。混雑は嫌だけど、賑わう姿は心強く思う。

 乗客と一緒に先頭には、トレインアテンダントが2名、乗り込んできた。お一人は「研修中」の名札を付けており、第2期生のデビューに向けて養成が進んでいるらしい。放送は「かみ気味」ではあるものの、初々しい姿に車内の雰囲気も和んだように思う。

 日奈久温泉を出れば、おれんじ鉄道の財産ともいえる東シナ海の車窓が広がる。以前はもっと海に近い場所を走っていたのだが、道路と防波堤ができて、ちょっと海から遠くなったのは残念。それでも波穏やかな春の海は、優しい表情だった。

 先頭からカメラを向けていると、先輩アテンダントさんが、海の向こうに見える山影が普賢岳だと教えてくれた。自然な声掛けが好感で、JR九州の客室乗務員を思い起こす。この接遇とホスピタリティが、研修生さんにも受け継がれますように。アテンダントさんの仕事は、観光案内パンフレットの配布やオリジナルグッズの販売まで多岐に渡り、意外とサービス満点である。

 車窓や沿線ガイドでは、スーパーおれんじが停車しない海浦や津奈木の案内もあり、次回は鈍行列車で途中下車しながらの旅を楽しんでみたいと思わせた。新幹線接続の新水俣駅は通過し、水俣着。まだ降り立ったことのない駅なので、途中ではあるが下車してみた。

 地域の中核駅ということでか、僕と一緒に十人程度の下車があった。9両の特急「つばめ」が停車していた長いホームを持て余すかのように、1両の単行ディーゼルカーが出発していけば、駅は静寂に包まれる。古い駅はバリアフリーと無縁で、お年寄りのお二人は「いい運動だわ」と言いながら、こ線橋の階段を上り下りしていた。財政面での負担が大きいバリアフリー工事に赤字路線はおいそれと手を出せず、列車交換がない限り駅舎側のホームに列車を止めることで、せめてもの対応している。

 水俣駅は、チッソの工場の正門前。周囲には旅館やホテルも目立ち、出張の人も多い街なんだろうなと思う。新水俣駅前よりは市街地を形成しているが、静かな雰囲気ではあった。商業ビルが立つ中心市街地へは、駅からやや距離がある。この立地だと、新幹線に乗る人はおれんじ鉄道から乗り継がず、直接新幹線の駅に行ってしまいそうだ。

 駅裏から伸びるのは、「日本一地長~い運動場」。旧国鉄山野線跡を利用した遊歩道で、ここよりも長い同種のサイクリングロードはいくらでもあるのだが、「運動場」と名乗ることで日本一の称号を得ているという。機会があれば歩いてみたい。

 後続の普通列車は、スーパーおれんじと対照的に、乗客6人という寂しい姿だった。快速に乗客が流れたとも言えるだろう。それでも地元の利用者だけではなく、観光客らしき姿はあった。

 出水駅では、なんと25分停車というアナウンスが流れ、驚く。時間はお昼前で、ランチタイムとしてはうってつけのタイミングだ。新幹線の駅舎へ渡って、駅内食堂で赤鶏あぶりそばをお腹に満たした。ああ、自由な鈍行列車の旅。



▲波穏やかな東シナ海を行く


▲水俣駅前にあるのはチッソ工場


▲ネーミングセンスで勝利の日本一


▲長時間停車でランチタイム

ニュースの街を歩く

 列車に戻ると乗客も増えており、まったく別の列車のようになっていた。出水駅を境に別々になるべき列車を、便宜上つないだという形のようだ。途中駅からも高校生の乗車が目立ち、生活の足という側面を見た。

 阿久根駅で下車。九州新幹線の南部区間が開通した際には、新幹線から見放され衰退した街として語られることが多かった街である。4年前にも降りたことがあり、新幹線開業に伴う「影」の部分を感じ取った。

 そして最近では、お騒がせ市長と、市議会・市役所の対立でも一躍話題を集めた街でもある。そこには、新幹線がもたらした衰退と閉塞感が、一つの引き金になったという側面もあるだろう。リコールによる前市長失職と出直し市長選での落選、そして先週の市議会出直し選で現市長派が過半数を獲得したことで、混乱は一応収束したと伝えられるが、ニュースの現場を見たくて降り立ってみた。

 数台のタクシーが客待ちをするものの、人気の薄い阿久根駅前に出る。駅から左手に続く駅前商店街は、空き店舗に加え、土曜日とあってお休みの店が多いのも、以前と変わらない。ただ店のシャッターに描かれた、無数のシャッターアートは大きな変化だ。これも例の「お騒がせ市長」の施策の一つではあるが、問題になった「専決処分」ではなく、きちんと議会での議決を経て行ったものとのこと。

 阿久根の自然を描いた絵は、きれいで見ていていい感じ。名画のパロディも、ひとつの「作品」として見れば好きだし、面白いと思えた。ただ単体で見れば面白い絵も、シャッター通りにずらりと並んだ様は、どうなんだろう…ここは商店街であり、毎日を暮らす街だ。人の姿が映りこんでいる作品は、少し気味が悪いし、夜中に見たらぎょっとしそう。鉢植えの花や草木を描いたトリックアート的な作品も面白いけど、絵で表現してしまうか…?

 歩いて15分の阿久根市役所まで、徒歩で到達。市役所も、阿久根のシンボルカラー?の濃い目の青に塗り替えられていた。アニメキャラクターの無断盗用で問題視されていた、お隣の消防署のアートは、自然の景観に描き換えられていた。

 裏手の山には、グランビューあくねなる公共の温泉宿があり、汗をかきかき山道を登って訪れてみた。波穏やかで、雲ひとつない東シナ海を一望にできるロケーションが素晴らしい。露天風呂には視界を遮る柵がなく、絶景の中に飛び込んだ感覚で、少し塩っぽい湯に浸かることができる。この宿も専決処分で民間売却されかけ、物議をかもした現場である。売却によるスリム化も方法の一つだろうし、これだけの場所なのだからうまく活用していくのも、手腕の見せ所だろうと思う。

 意外だったのは、前回の市議選から一週間も経たないのに、市を二分したという激しい選挙戦の名残がまったく見当たらなかったこと。久留米ではポスター掲示板も残っているというのに、当地では市議の後援会事務所の看板すら見かけなかった。市役所を批判するような看板が、あちこちに林立しているような光景を想像していたのだが… もう混乱は、こりごりということかもしれない。

 さて、鉄っちゃんにとって見逃せない阿久根の「名所」?といえば、駅前のライダーハウス「あくねツーリング STAY tion」だろう。ブルートレインとして阿久根にも乗り入れていた、寝台特急「なは」の2両を利用した簡易宿泊施設である。宿泊室はB個室の「デュエット」で、ぜひ一度乗ってみたかった車両の一つだ。

 この地にやってきて、2年半にもなる車両。走らなければ傷んでいくのが鉄道車両の常だけに、みすぼらしい姿になっていないか心配だったが、思いの他つややかな青を保っていて、安心した。車内に入ることはできなかったが、およそ現役時代の雰囲気を留めているようだ。1泊2千円、寝具を借りても4千円以下と、寝台料金よりもリーズナブルに泊まれるようで、機会を作って再訪したい。

 駅に戻ると、駅の事務室前に「電動自転車無料貸し出し」の張り紙があるのを見つけた。電動自転車ならばもっとラクに、広範囲を巡られただろうに、ガックリ。レンタルサイクルは、現物をドンと置いてもらうのが、一番目に付き、分かりやすい。

 いずれにせよ、空も海も青い、いい街という印象しか残らなかった阿久根だった。都会人を魅了する、素晴らしい資源を活かしていく様な市でありますように。

 


▲自然の美しさを描いたシャッターアートには好感


▲物議を醸した消防署の絵も、自然景観へ


▲洒落はとても効いているんだけど…


▲グランビューあくねからの美しき海


▲ライダーハウスとして第二の人生を歩む「なは」

ラストは再びJR

 阿久根から先も、車窓の友は東シナ海。遠く甑島の島影を映しつつ、岩場に打ち寄せる透き通った波が美しい。特急「つばめ」のビュッフェでは、こんな美しい景色を眺めながら、暖かい食事や飲み物を楽しめたのだから、新幹線の3倍の時間がかかろうとも、別の贅沢さがあったように思う。

 ビュッフェはすでに過去帳入りしてしまったけど、帰省ラッシュの時期だけでも おれんじ鉄道経由で、787系の特急「ふるさとつばめ」を走らせるなんてのは、夢物語だろうか。新幹線から見放された街と、おれんじ鉄道の経営支援のためにもなると思うのだが。

 おれんじ鉄道の旅も、川内で終わり。ホーム上の改札を抜ければ、そこはJRの在来線ホームだ。鹿児島の都市圏路線として収益が見込めることから、この先の在来線はJRとして残されている。反対側のホームは、新幹線の部分開業時に使われなくなったようで、ホーム上の時刻表も開業前の状態のままで残っていた。つばめ・博多行きの文字に、涙が出そうになる。

 革張りシートもデラックスな普通電車・817系電車に揺られて、鹿児島本線をラストスパート。川内では乗車率50%程度だった列車だが、鹿児島市内に向かう若者や、部活帰りの高校生が乗り込んできて、満員状態になった。新駅も増えており、勢いを感じる。この区間もおれんじ鉄道の経営だったら、だいぶ収支の状況も違っただろうなと、一方で思う。

 大観覧車が出迎える、鹿児島中央駅着。駅のコンコースは雑踏で溢れかえっており、人の密度でいえば博多駅に迫っていた。駅前周辺まで含めて、すっかり都会の風情になっていた。

 さて与論組に電話をしてみれば、天文館で早めの夕ご飯を食べているとのことなので、路面電車乗り場へ。土地に不案内な人でも分かりやすい路面電車は観光客にも大人気で、乗り場では職員さんが整理にあたっていた。こんな光景は初めてで、長崎の路面電車を見ているようだ。

 手持ちの「いわさきICカード」をかざし、電車で5分の天文館へ。小銭をジャラジャラいわせている観光客を尻目に、スマートにカードで降りたのだが、よくよく考えてみれば、「旅名人きっぷ」では鹿児島の市電にも乗れたのだった。

 


▲この景色こそおれんじ鉄道の財産


▲賑わいを乗せて川内を発つ「さくら」


▲鹿児島中央駅は盛り場のようになっていた








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