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転職記念北海道旅行
8日目
「新時代の夜汽車」は時代を開けず

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ペコちゃんに出会う

 朝7時半に食堂車で待ち合わせ…ということにしていたが、皆さん現れる気配はなし。昨夜はだいぶ遅かったのかなと思い、一人で食堂車へ。以前は和食と洋食を選べたのだが、今は共通のおかずにご飯、パンを選ぶ形式に変わっていた。おかずもワンプレートになっており、ちょっと手抜きになったかなと思う。

 それでも食堂車が絶滅危惧種になった今、暖かい食事を列車内で食べられるのは貴重であり、喜びだ。二日酔いの胃をもろともせず、無理して食べていたら、ようやく札幌のおじさんが現れた。昨日は12時半頃には脱落したとか。歳を重ね、だいぶ食が細くなってきたとかで、ほとんど2人分を平らげることに。

 宇都宮直前で、ようやく単身赴任氏もやってきた。なんと昨夜は3時くらいまで飲み、話し込んでいたそうだ。このまま家に帰って、顔を洗って出勤だとか。何度目かという「北斗星出勤」らしいが、たぶん今日は一番きつい勤務となることだろう。お疲れ様です。

 部屋に戻ればまだ寝足りない感じで、次第に都会になっていく車窓を眺めながら、うつらうつら。こんな勝手気ままな時間というのも、貴重だ。目覚めれば大宮も間近で、湘南新宿ラインで池袋に向かうと言っていたタメ女性を探したが、見つからなかった。ちゃんと起きられたのだろうか。

 都市間の乗客で賑わう大宮〜上野間も、ゆるゆると別世界の時間が流れ、やがて列車は伝統の終着駅・上野駅地平ホームへ。夜行列車は減ったが、「北斗星」「カシオペア」は電気機関車の新製がリリースされており、しばらくは安泰で走ってくれることだろう。

 今日は、夜10時の寝台電車「サンライズ」の発車までフリータイム。寝不足な上に二日酔いなので、適当なサウナでも探して仮眠でも取ろうと思っていたが、荷物をロッカーに預けるために東京駅に向かっているうちに気分がよくなり、そのまま改札を出て丸の内線ホームへ向かった。

 国会議事堂前駅から連絡通路でつながっている、南北線の溜池山王駅まで乗り換えたが、これが遠かった。一時は日本一深い地下鉄駅と言われた千代田線の駅まで降り、ホームの端から端まで歩いて、さらに長い乗り換え通路を歩かされた。東京の人なら百も承知なのだろうが、路線図から判断するしかない一見の旅行者は惑う。

 南北線は、埼玉高速所属の電車だった。目黒駅ではしばし停車し、そのまま東急の目黒線に直通。羽田空港に都営経由で京成の電車が乗り入れたり、東急線内でメトロ経由の東武電車に乗れたり。自由自在なネットワークの東京の電車、すごいと思う。

 さて、もともと目蒲線と呼ばれながらも、東横線のバイパス機能を果たすべく、2000年に系統分割され、南北線との直通が始まった目黒線。しかしほとんどの駅が半地下や地下で施設も新しく、新線に乗っている気分だ。

 大岡山では、大井町線に乗り継ぎ。こちらも田園都市線の混雑緩和を図るバイパス線として機能させるべく、この春に急行運転が始まった。バイパス線同士の接続駅となった大岡山も、すっきりした構造で乗換えがしやすい。

 かなり独特なフォルムが特徴の急行電車に乗ってみたかったが、行き先を迷っているうちに乗り損ねてしまい、後続の普通電車になった。こちらは路線改良が進行中で、家並みの間近を急カーブで走るような区間も残り、路面電車の専用軌道的雰囲気も感じられる。今後何年かでどう変貌を遂げるのか、楽しみだ。

 二子多摩川で田園都市線に乗り継ぎ、宮崎台駅で下車。この駅の高架下にあるのが、東急「電車とバスの博物館」だ。狭い敷地ゆえ、JR東日本の「鉄道博物館」のような規模は期待してはいけないけど、100円なりの安い入場料は、散歩気分で立ち寄れる価格。この日も遠足の園児で賑わっていた。

 なによりの見所は、玉川線を走っていた路面電車、通称「ペコちゃん」の実物だろう。昭和30年の製造ながら、卵型構造による軽量車体という画期的な車両だ。下膨れの愛らしい姿で、道路上ではよきマスコットになっていたろうと思う。乗客としても、床面が低く乗り降りしやすい優しい電車だっただろう。

 ツヤツヤで美しい車体が保たれているのも嬉しく、歴史的な鉄道車両を文化財として認めるのであれば、やはり屋内保存が必須だなと思う。ならんでいる銀色の東急バス(佐賀人としては、むかしの昭和バスを思い出す)も、現役当時より輝いているんじゃなかろうか。

 


▲ちょっと手抜きになったかな?北斗星の朝食


▲伝統の上野駅地平ホームに到着


▲独特なフォルムの東急大井町線急行に…乗れず


▲東急のペコちゃん
街乗り電車に揺られ

 田園都市線を戻り、二子多摩川からは急行に乗り換える。今や混雑する路線、それも長距離にわたり混み続ける路線として有名になってしまった田園都市線だが、お昼前の上り急行電車すら、つり革を探すのは困難だ。

 三軒茶屋で降り、駅にそびえる「キャロットタワー」に上って世田谷の街並みを俯瞰。全国的な知名度はそんなにないビル(失礼!)だけど、100mを越える超高層ビルで、展望台まで無料で上がれるのも嬉しい。新宿のビル街を横から見るのもまた、新鮮な眺めだ。

 そのたもとに発着するかわいい電車が、東急の世田谷線。東急とはいえ他線と独立した運行を行う、全線専用軌道の路面電車だ。1998年に訪れた時には、木の床のレトロな「玉電」が活躍していたが、2001年に新車に置き換わっており、その様子を見に来てみた。

 全線を乗り通すだけでは味気ないので、駅員さんに、
 「沿線に一駅降りるとしたら、どこがおすすめですか?」
 と問うが、駅員さん、悩んでしまった。地元の人ほど、難しい質問かもしれない。

 改札にSuicaをかざし、やや下膨れながらもエッジの効いた、スマートな電車に乗り込んだ。出入り口のドアは足もとまで広がり、窓も大きく、いかにも今風の路面電車といったテイストだ。ただし流行りの低床電車ではなく、ホームを高床とすることで段差を解消している。全線専用軌道ならば、もっとも安価かつ無理のないバリアフリーだ。

 モーター音を上げ、世田谷の街中へ踏み出した。専用軌道とはいえ、駅の構造は簡易で、軒先からすぐに乗れる気軽な雰囲気だ。1時間に8本走り、思い立ったらすぐに乗れる、まさに足代わりの電車。現代にも通用する素晴らしい都市インフラで、沿線の人がうらやましい。

 特徴といえば、パスモと並んで専用のICカード「せたまる」が使えることも挙げらる。2002年とSuicaとほぼ同じ時期にスタート、Pasmoと違いポイントがたまることから、根強い人気があるようだ。地元の利用者が多い現れかもしれない。

 松蔭神社前で降りて、商店街をぶらぶら松蔭神社へ、そして世田谷区役所へと歩いた。なんでもない街並みだけど、見知らぬ街の平日の昼下がりもいいものだ。世田谷区役所は、区役所とはいえ80万を有する政令市規模の区だけに立派で、モダン建築の香りも漂わせていた。

 下高井戸で中華そばの昼食を済ませた後、明大前へ抜けて井の頭線を吉祥寺に抜ける。井の頭線も他の京王各線と独立した運行を行っていて、独自の沿線イメージを持っていそう。

 やってきた電車は、FRPで前面を覆った、通称「ステンプラカー」。電車によって正面の色を変えてあり、昭和30年代の電車と思えぬ遊び心を持った電車だ。だからこそ少年向けの鉄道図鑑でも大きく扱われていたし、九州の僕が親しみを持つ車両にもなりえている。電車たるもの、やっぱり子供に夢を与え、親しまれる存在であってほしい。

 井の頭線北陸鉄道に譲渡された電車には乗ったことがあるが、こちら本家ではあと2年ほどで引退になるらしく、乗れて嬉しかった。

 吉祥寺では、駅前の恐ろしいほど狭い道を、バスが器用にすり抜けていく様子に感嘆。中央線の下り電車を待つ間、東京行きホームからは残り2編成の「オレンジの電車」201系が出発していった。個人的には思い入れの少ない電車ではあるけど、車体全体を彩った通勤電車が都心から消えるのは、やはり寂しいと思う。

 一方の下り電車は、お気に入りのE233系。性能も最先端ならば、設備も最先端。国分寺駅到着のアナウンスが自動放送で流れていたのだが、突然「急停車します」のアナウンスが流れた。ほぼ同時に急ブレーキがかかったが、立っていてもアナウンスがあれば、とっさにつり手を掴んだり、踏ん張ったりする余裕はある。どんな仕組みになっているかは分からないが、ハイテクってすごい。

 国分寺は、大学の同級生が住む街。待ち合わせの時間まで、さすがに疲れもたまってきたので、ネットカフェで仮眠を取った。この種の施設の「横になれる部屋」を使ったのは初めてだが、思いの他快適で、釧路の夜のような深夜着、早朝発の旅なら使ってみようかという気分になった。

 駅近くの友人宅にお邪魔し、手料理を振舞ってもらい、一杯やれば夜9時。中央線で東京までの道のりは、昏々と眠った。

 


▲キャロットタワーのたもとが世田谷線の駅


▲生活と一体になった電車


▲ステンプラカーが並んだ


▲狭い道をすり抜けるバス

サンライズへの絶望

 東京着。夜食をホームのコンビニで買出しして、東海道本線長距離列車ホームで今宵の宿「サンライズエクスプレス」の入線を待つ。さすが予約に難儀しただけあり、待つ人は多い。定員の絶対値が少ないので、満席の座席夜行を待つホームほどの喧騒はないが、旅立ちの高揚感には満ちている。

 ややあって、つややかな丸い車体を輝かせ、14両の長い「電車」がホームへ滑り込んできた。ブルートレインの青い「夜」のイメージを打破し、朝焼けを連想させる塗装だそうだが、夜目では品がある高級ホテルのような落ち着きもある。窓という窓からは、暖かい飴色の光を放ち、すべての部屋が今宵の主を待っていた。

 はやる気持ちを抑えて、僕の部屋へ。車体もデッキ周りも、基本的なデザインはJR西日本の昼行特急群によく似た雰囲気だ。違いは木目調の内装になっていることで、これは住宅メーカーとの共同開発とのこと。登場10年を経た車両だが、疲れが見えないのは嬉しい。1階への狭い階段を降りて行った部屋が、今宵の寝床「シングル」だ。

 さすが「個室寝台として作られた新造車」で、扉の開閉はスムーズ、壁のたてつけもしっかりしていて、安心感がある。部屋の中はベッドが一つあるだけだが、ミニテーブルの上には紙コップと車両案内が置かれ、コンセントも完備。電気シェーバー用とのことだが、今の時代、OA機器や携帯充電のためにも必須のアイテムである。

 オーディオ装置はNHK−FMのみだが備わっており、スイッチを入れればJ−POP番組「ミュージックスクエア」が流れてきた。中高生の頃は毎日聞いていた番組で、懐かしく思うと同時に、続いていてくれたことを嬉しく思う。10時の発車時刻を迎え、流れてきたのは奥華子の『ガーネット』。やさしい歌声に見送られ、列車はゆっくりと動き出した。

 1階の客室なので、目線の高さはホームの床面。電車を待つ人々の靴が、次第に早く遠のいていく。ホームを離れれば、見上げた視線いっぱいに高層ビルの明かりが広がった。通勤電車や新幹線が並んで走り、あるいはすれ違い。東京を離れる夜汽車の車窓は、明るくて、華麗で、でもどこか窓の外は別世界だ。

 これまでの夜汽車と明らかに違うのは加速のよさで、ぐんぐんとマックス130kmへ加速していく。ベッドがレールと平行方向に並んでいるからか、さほどの揺れは感じず、実に快適だ。

 シャワーを浴びに行くついでに、他の車両ものぞいてみた。3号車は、同じB個室ながら1,000円安い「ソロ」。モーターのついた車両なので床面がホームと同じ高さになり、その分空間の余裕が少ない。これなら高くても「シングル」を選びたいなと思う。

 4号車は、2階が1人用個室「シングルデラックス」、1階が2人用個室「サンライズツイン」という構成。シングルデラックスは寝台料金だけで1万3,000円を超えるが、「富士」「はやぶさ」のものとは比較にならないほど広いらしく、ぜひ乗ってみたかった。ツインともども、満室のようだ。

 ユニークな設備は5号車「ノビノビ座席」で、ゴロリと横になれるカーペット空間が一人分あるだけだが、寝台料金なしで横になっていけるのだから、お値打ちだ。こちらも満席になる模様。デラックスな個室から、リーズナブルな設備まで。いろんな夜行列車で試みられてきたサービスの、集大成とも言える車両である。

 5号車にはミニサロンもあるが、これは他列車の「ロビーカー」に比べればささやかな設備。それでも旅立ちの余韻を楽しみたい人たちで、結構賑わっていた。幸い隣のシャワールームは空室。乗務員からカードを購入して利用するのは北斗星と同様だが、こちらは時間予約制ではなく、先客がいればロビーで待たなくてはならないのだ。

 北斗星と違い、ボディーソープやシャンプーが備え付けられているのは良い点。シャワー後にはシャワールームを洗浄する機能があり、清潔感もアップしている。ただかび臭いというか、あまり清潔感のない匂いがしたのは確かで、清掃は念入りに。袖を通した浴衣は襟付きの、ちょっとしたガウン風で、これも新時代の夜汽車にふさわしい雰囲気。少し寸足らずで、病院着のようではあるが…

 そういうわけでサンライズ、かなりよくできた車両だと思う。こんな車両が九州へ、大阪へ、続々走ってほしい…
 しかし登場から10年、そのような展開にはならなかった。2次車登場の暁には登板間違いなしとささやかれていた、下関「あさかぜ」も、急行「銀河」も、すでに過去帳入りした。伝統の九州ブルートレインもついに、来春廃止が確定的と噂されている。

 これだけの車両、これだけの人気をもってしても、夜行列車ルネサンスとはならなかった。そんなに夜行列車とは、民間企業JRにとって利潤を生まないのだろうか。夜行列車が共存してこその新幹線の利便性も、認められなかったのだろうか。未来の夜汽車を感じさせたサンライズすら否定された現実に、逆にいよいよ「実用夜汽車」は終焉を迎えつつあることを悟った。

 とはいえ、あめ色の照明に包まれながら轍のリズムに身をゆだね、あるいは照明を落とし闇の水平線にぼんやり目をやっていれば、夢見心地。特にこの車両はレールと平行方向に個室が並んでいるので窓が大きく、星空の旅路を満喫できる。せめてこのサンライズ出雲・瀬戸くらいは、末永く生きながらえて欲しいものと思う。

 熱海駅では発車時刻になっても動き出さず、かといって「おやすみ放送」後なので案内放送もなく、そのまま10分ほど遅れた。翌朝の放送によると、常磐線ダイヤの乱れの影響で乗り継げなくなった人がおり、新幹線で熱海へ追い上げてくるまで待っていたのだとか。東日本と東海にまたがるとはいえ、連携はしっかり取られているようだ。

 丹那トンネルを抜け、沼津ではまたもや「沼津のお父さん」から差し入れを頂いた。遅れの影響もあって、発車はすぐ。往復ともに申し訳ありません。そんな差し入れの缶入りウイスキーをぐっと飲み干せば、まぶたもゆっくり下がり始めた。清潔なシーツ、ほどよい硬さのベッドに包まれ、お休みなさい。

 


▲丸くつややかなサンライズエクスプレス



▲ビルの照明と対照的なあたたかい光


▲今宵の客を待つシングル1階


▲きれいにまとめられたサービス一式


▲ノビノビ座席なるリーズナブルな設備も
サンライズ・チェックアウト

 早朝6時に起床。あまりに快適で、まだまだ寝ていたい心境だが、今回は新幹線に乗り換えるために岡山下車だ。全車個室で定員がしぼられていることもあって洗面所の混雑はなく、ゆっくりと身支度を整えられる。水周りの清潔さも抜かりなく、これなら女性でも安心して利用できるだろう。

 まだ夜も明けやらぬ、岡山駅で下車。ここまでは新幹線との並行区間であるが、降りる人もかなりいて、「のぞみ深夜便」の役目をしっかり果たしている。そしてこの駅では、高松行き「瀬戸」と、出雲市行き「出雲」が分割。新型車両だけに、分割作業はスムーズ。あっという間に作業を終え、それぞれの目的地に向かっていった。

 さて、岡山は今年のGWにあちこち見て回ったが、尾道や倉敷までには足を伸ばしていない。せっかくの、往復経路上でも途中下車自由の周遊きっぷ。今日一日、あちこち観光… いつもの僕なら、きっとそうしたと思う。あるいは1時間待てば、終焉間近の「0系こだま」博多行きも来るので、お名残乗車というのもいい行程だ。

 でも今日は午後から、地元の友人の結婚式。どんな鉄道趣味よりも観光地よりも大切な、ハレの日だ。というわけで、接続する「ひかりレールスター」に乗り込み、一路福岡を目指した。

 レールスターは何度か乗っているが、自由席かコンパートメントの利用ばかりで、4列座席の指定席「サルーンシート」は今回初めて。どっしりしたシートのすわり心地はグリーン車に迫り、快適だ。旅疲れに、寝不足も重なり、いつしか夢の中へ… 気付けば九州に上陸していた。

 朝8時35分、博多着。東京を出発したのは昨夜の10時だから、非有効時間帯を効率的に移動できる夜行ルートだ。割引きっぷの類がないのは惜しいが、今後もこの乗り継ぎルートは実用的に使っていこうと思う。

 一旦家に帰って、クリーニングに出しておいたスーツを取りに行き、西鉄電車で地元に向かって結婚式に出席。そのまま2次会へ、さらに友人と飲んで最終電車で帰宅。こうして僕の長い旅は終わった。

 さあ、今の職場も残り4ヶ月と少し。悔いの残らぬよう、月曜日からはしっかり頑張っていこう!

 


▲岡山で瀬戸・出雲を分かつ


▲レールスターに乗り継げば、九州の朝もこれから

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