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転職記念北海道旅行
3日目
駅の宿で過ごす一人の静かな夜

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「はやて」、季節を串刺しに走る

 翌朝は6時に早起き。友人の見送りを受け、武蔵野線・西川口駅から旅立った。連休中日とはいえ、通勤客が多い。東京の夜は遅いが、朝も早い。

 今回、利用する切符は、東京都区内発の「ぐるり北海道フリーきっぷ」(JRでは「ぐる北」と略す)。東京から北海道まで新幹線か寝台特急で往復できて、北海道内では特急、指定席まで乗り放題。5日間有効で35,700円(秋冬季)と、かなりお得な切符だ。

 往路で寝台特急を使うと出発日も1日とカウントされる一方、帰路は6日目にかかっても都区内で下車する駅まで有効。つまり、往路は新幹線+特急の乗り継ぎ、帰路は「北斗星」に乗れば、期限いっぱい有効に使える。前回7年前の北海道旅行と同じパターンだ。ただし西川口は都区内ではなく、きっぷの経路上でもないので、経路に合流する南浦和までの乗車券を買い、西川口の改札を抜けた。

 南浦和で乗り換えた京浜東北線は、中央線でお馴染みの次世代通勤車、E233系だった。乗り心地とデザインの良さがお気に入りの電車だ。車内モニタも、テレビでお馴染みのコマーシャルから、短めのオリジナルプログラムもあり見ていて飽きない。福岡の七隈線にもモニタはあるけど、地下鉄か設置会社のPRばかりで、なかなかスポンサーが見つからないのと大違いだ。

 さて、大宮からの切符を確認しておくかと思って鞄の中を見てみたところ、ない。切符がない! 何度確認してもなく、とりあえず電車を降りて、さきほど別れたばかりの友人に電話を掛けてみた。
 「なあ、オレ、机の上にきっぷ忘れてねえ?」
 「え、ちょっと待ってよ…あったよあったよ、おいおい、どうすんの!?」
 どうするもなにも、引き返す他ない。とりあえず、上り電車で南浦和へ戻ることにした。

 さて、どうするか。問題は、すでに確保済みの「はやて3号」の指定券だ。大宮発にしておけば、駅で友人に後続列車に変更してもらうという方法を使えた。しかし東京から乗るかもしれないと思い、指定券を東京発にしていたのが運の尽き。すでに列車は東京を出発しているので、「乗車変更前」が条件の乗車列車変更はかなわなくなってしまった。

 指定列車に乗り遅れた場合は、後続列車の自由席に乗るのが指定席特急券の原則。しかし「はやて」は全席指定のため、後続列車は1本後の「はやて」からさらに後、速度の遅い「やまびこ」になる。1本遅い「はやて」ならば当初の予定に乗せられるのだが、後続の「やまびこ」では予定はめちゃくちゃになる。教訓、指定券は最も想定される予定に即して買うべし。

 西川口まで往復していれば間に合わなくなるので、友達に東川口まで切符を届けてもらった。ゆっくりしたい日曜の朝だろうに、申し訳ない。あまり好きじゃない209系で大宮へたどり着き、みどりの窓口で聞いてみれば、後続の「はやて」にも立席ならば乗れるとのこと。2時間半の立ちんぼは辛いが、後続の「やまびこ」自由席になると言われたら、指定席特急券5千円弱を買いなおす覚悟だったので、助かった。

 E3系「こまち」を先頭に、E2系「はやて」まで、16両の長い列車が進入してきた。3連休とはいえ、中日の早朝ということで空席が多い。デッキに立って、200km超の景色を眺めていたが、自由席があればなあと思う。

 10号車には公衆電話の跡を見つけ、そこに腰掛けて時間を過ごす。デッキの自販機は利用停止になっていて、ビュフェを代替する設備なのに残念だが、コンビニなどで購入して乗る人が増えたのだろうか。まだまだ新しいと思っているE2系だが、97年のデビューからすでに11年。その間に時代も変化している。

 とはいえ新しさに驚く設備もあり、お隣9号車のトイレに行ってみれば、ウォシュレットが設置されていてびっくり。揺れる車内で「命中」させる技術は、トイレ屋の腕の見せ所だったろう。9号車のグリーン車向け設備と思うが、10号車にトイレはないので、普通車の乗客も使ってよさそうだ。

 車掌さんが回ってきたので席のことを聞いてみれば、510円で着席できるというので、ペラ券を発行してもらった。一応座席番号は印字されているが、この先の途中駅で売られて指定券を持った人が来るかもしれないので、その時は移ってほしいとのこと。たぶん規則上にない切符なのだろうけど、同じように乗り遅れによる立席利用が多いのかもしれない。

 仙台から先は最高時速275kmになり、飛ぶように景色が流れていく。穏やかな天気だったが、くりこま高原を過ぎたあたりから、少しずつ黒い空になってきた。車窓の稲穂は刈り取られ、季節がどんどん冬に進んでいく。東西に長い東海道・山陽新幹線では感じられない季節の変化だ。

 缶入りウイスキーでも飲んでいい気分になりたくなり、車内販売を呼び止めた。東日本の車内販売では、首都圏以外でもsuica決済ができるようになっており、便利だ。首都圏方面に来る度にsuicaをチャージして使っているが、最近では電子マネーとして利用する割合が増えてきた。このワゴンでは故障なのか、
 「すみません、使えないんですよ。本来ならご利用いただけるんですが…」
 とのこと。乗務員も恐縮しきりだった。

 盛岡までくれば冬風情で、先行する秋田行き「こまち」の切り離しを見ようとホームに出たら、きんと、冬の空気が身を包んだ。もっとも九州人の僕だから冬と感じるだけであり、こちらの人にとっては晩秋以外のなにものでもないだろう。「富士+はやぶさ」などに比べて、ハイテク新幹線の切り離し作業はあっさりしたもので、あっさりと秋田へ向けて旅立っていった。

 ややあって、我らが八戸行き「はやて」も出発。メインルートたる東北新幹線の方が後続になるのも妙だが、盛岡が終点だった頃の名残ともいえそう。将来的に新青森、函館へと延伸すれば、「こまち」+「はやて」の順序関係に変化があるかもしれない。

 2002年に開通した盛岡〜八戸間は、はじめての乗車。ほとんどがトンネルだが、高架ではない切り通し区間のも多く、近年見られる節約型新幹線の姿だ。八戸までは30分少々、二戸にこそ停車するが、それこそあっという間だった。在来線時代の「はつかり」にも一度乗ったが、劇的な短縮だ。

 


▲静かな「はやて」車内


▲盛岡からは、それぞれの旅路


▲ドーム天井の八戸駅着

新車並みの485系で北の大地へ

 新八代と同様、目下「仮」乗継駅の八戸は、しかし大きなドームに覆われた立派な駅舎だった。在来線ホームに移れば、これから乗る「白鳥」や「つがる」、観光列車の「きらきらみちのく」に加え、いわて銀河鉄道の車両も止っており、色とりどり。2年後と公表された新青森延伸後は、寂しい姿になりそうではある。

 友人の家に切符さえ忘れなければ、ここからはJR北海道所属の789系「スーパー白鳥」に乗るはずだった。北海道から八戸へ「お出迎えに行く」というコンセプトの車両で、ぜひ一度乗ってみたくて旅程に組み入れていた。白鳥3号は485系のリニューアル車で、これは7年前に「はつかり」として乗車済み。残念だ。

 もっともこのリニューアル485系、おそらく鉄道に明るくない人ならば「新車」と称してもだませそうなほど、抜本的なリニューアルが施されている。客室内だけでなく、洗面台周りも黒くつややかに光り、ダウンライトの使い方もうまくて高級感がある。好きな車両の一つだ。

 建設中の新幹線を右に分かち、平野の中を在来線らしく、ゆったりしたリズムを刻みながら走る。新幹線のスピード感や時間の恩恵は大きいが、やはり旅は在来線だなと思う。温泉地のたたずまいや、防雪林を見ていると、遠くにきたなと感じる。

 青森で、進行方向が変わるため6分停車。ホームで買出しをする余裕があり、これもまた楽しからずやだ。指定席からだいぶ降りてしまったが、それでも3〜4割の乗客は残っており、8両であることを考えればなかなかの乗り。不振が伝えられる津軽海峡線だが、新幹線までしっかり持ちこたえてほしいもので、函館まで使える「3連休パス」効果も大きそうだ。自由席はがらがらで、席を移った。

 新幹線規格の海峡線に対して、そこに至る津軽線は改良したとはいえ基本はローカル線で、交換駅ではしばしば列車とすれ違う。貨物列車の方が多いようで、重要な物流の大動脈だ。陸奥湾沿いを走る車窓は悪くなく、暗い海を見ながら、これからこの海を渡ることを実感できる。

 中小国からは新幹線規格の海峡線。485系も水を得た魚のごとく、走りが快調になった。リニューアルしたとはいえ古豪、モーターのうなりは高まる。快速「海峡」にはあったトンネル内の現在地案内装置はないが、海を渡ることが当たり前になった今日でも、車掌の案内放送は継続。特に本州側はいくつかの陸上トンネルをくぐるため、
 「あと7箇所のトンネルを通って、青函トンネルです」
 との放送は聞き逃せない。右手に公園を見れば、世界一のトンネルに突入だ。

 とはいえ入ってしまえば暗闇なのは、どのトンネルも同じ。いよいよ始まったという北海道新幹線化の工事も、うかがい知ることはできない。海底駅見学コース上の列車のため、竜飛海底駅に停車。一度降りてみたいと思いつつ、なかなかその機会が果たせない駅ではある。

 最深部の紫色の照明を見れば下り勾配から上り勾配になり、約30分でトンネルを抜けて北の大地へ。本州側と違って、暖かな日差しが穏やかな天気。駅の近くで遊ぶ子供たちは冬の格好、木々は色付き、季節はもう1歩進んだようだ。

 知内駅を通過し、木古内駅からは江差線。こちらもローカル線で、函館湾越しに函館山と函館の街を見れば、海峡を渡ったことを実感する。泉沢駅では、停車中の貨物列車に加え、上り特急とも列車交換を行うが、貨物列車は踏切をまたいで止っており、どうやら停車時間中は延々、生活道路が分断されているようだ。木に竹をつないだような、機能不全の青函トンネルが本領発揮するのは7年後。地元の苦労は当面続く。

 大宮から約6時間、函館着。まだまだ飛行機に対して「競争力を持つ」といえる所要時間ではないけれど、2010年、そして2015年と、徐々に射程圏内へと入ってきそうだ。

 


▲色とりどりの列車が並ぶ八戸駅


▲白鳥号青森停車中


▲函館湾越しに函館が見えてきた

紅葉の大沼から伝統の幹線ルートへ

 函館駅での乗継時間は、15分。新しくなった函館駅に来たのは始めてだったので、駆け足で見て回った。近年の九州の駅ビルのように、商業施設を取り込んだ「街の中心」にはなっていないものの、大きな待合空間や頭端式のホームを結ぶ屋内通路など、本来の交通機能のアクセス性には長けた駅舎だ。2階には「船と鉄道の図書館・いるか文庫」なる素晴らしい施設もあるのだが、タイムアップ。ホームに駆け下りた。

 キオスクで「道内時刻表」を買い込み、札幌行き特急「スーパー北斗」に乗り込む。振り子型気動車のキハ281系で、先頭には以前は「HEAT281」のロゴが掲げられていたと記憶するが、283系のロゴに合わせ「FURICO281」に書きかえられていた。指定席は新型座席に置き換えられつつあるらしいが、この車両は以前のままだ。

 車内は満席近い盛況。まだ午後3時前という時間だが、早くも日が陰り始めており、夕方といえるような雰囲気だ。電車並みの加速度で猛然と加速し、あっという間に函館市内を抜けた。駒ケ岳から大沼公園へ、紅葉の中を駆け抜けていく。北海道が紅葉まっさかりなんて予備知識はまったく仕入れておらず、この後も黄色い山々を見ながら旅することになる。

 予定通りに進んでいれば、大沼公園駅で途中下車しようかと思っていたが、なくなくパス。この先は想定どおりの時刻で動けるので、雑念を断ち切る。フリーきっぷで旅するのに細かい時間を気にしなくてもと言われそうだが、なんせ列車本数の少ない北海道。少しの遅れ、1本の乗り逃しが、数時間の予定をくるわし、今日中にたどり着ける場所に行けなくなる。

 大沼回りをショートカットし、噴火湾を眺めながら走ること1時間少々、長万部(おしゃまんべ)着。函館本線、倶知安方面の列車への乗り換え時間は、1時間ある。上り特急からの乗継ぎも同様で、解せないというか、おおらかなダイヤだ。北斗はもちろん、寝台列車も停車する拠点ではあるものの、静かな駅。駅前も同様で、広い道幅、縦に設置された信号機(雪の重みで曲がらないよう、こうなっている)に、北海道に来たことを再び実感する。

 せっかく時間もあるので、跨線橋を渡り駅裏へ。かつては室蘭本線と函館本線の分岐駅として大いに賑わったのだろう、広々とした構内がかえってわびしい。大きな線路の管理事務所はあるが、「鉄道の街」の面影は各地と同様、遠ざかりつつあるのようだ。

 そんな駅裏にあるのが長万部温泉で、昭和30年にガス掘削中に噴出したという、比較的歴史の浅い温泉だ。長万部温泉ホテルという名前は立派な、しかし大衆浴場も併設した温泉でひとあび。カランの回りや浴槽の縁は、温泉からの析出物ですごいことになっていた。浴室や脱衣所のレトロ感も心地よく、ここまでせかせかしてきたが、身も心もほぐれた感じだ。

 駅に戻り、16時27分発の通称“山線”経由、小樽行きの普通列車に乗る。キハ150系の1両ワンマン、しかしボックス席はそれぞれ埋まっており、後部のロングシートに席を占めた。出発する頃には日は落ち、15分もすれば景色は闇へ。これほど日没が早いとは、想像に至っていなかった。参る。

 道央を中心に活躍している、キハ150系。車内の印象はJR東日本のキハ110系に似ており、ボックスシートが2×2人用と1×1人用で座席が少ないことを除けば、よくできた車両と思う。ワンマンのテープには英語放送も入っているのが特徴的で、ローカル列車も外国からの観光客に人気なのかもしれない。九州でも、観光路線を中心に試みられてもよいのでは。

 乗客は減る一方と思いきや、すっかり夜になった黒松内で5人も乗り込んできて、少ない本数とはいえ地域の足として活躍している様子は頼もしい。夜とは言っても、まだ16時50分ではあるのだが…軽く時差ボケにかかってしまいそうだ。

 


▲新しくなった函館駅


▲大沼の湖面を眺め快走!


▲レトロな長万部温泉ホテルの湯


▲平成のローカル線の主役・キハ150系

駅の宿の一夜

 列車は今宵の目的地である、比羅夫駅に到着。宿のある駅として有名な駅であり、駅の中にある宿として有名な「駅の宿ひらふ」が、今夜の寝床だ。改札にはオーナーさんが待っていたが、テレビ局の照明はなし。実は今夜、某局のテレビ取材があるかもと事前に連絡を頂いていて、
 「降りる瞬間を撮られないかな」
 など考えて、車内では髪型をちょいちょいいじっていたものだ。明日に変更になってしまったらしく、ほっとしたような、がっかりしたような。

 しかしランプの灯る昔の駅長室、今の談話室の雰囲気は上々。相部屋式の宿泊室は駅舎2階で、明かりの灯るホームを見下ろしながら眠ることになる。名物の「ホーム上でのバーベキュー」も、すでに準備が整っていた。同じ夜を共にする人とワイワイやるのも、こんな宿の楽しみの一つなのだが、今夜のドミトリーは僕一人のよう。これだけは寂しかった。

 北の幸と、北海道らしくラム肉をじっくりと焼きながら、軽く晩酌を傾けつつ、ゆっくりした時間を過ごす。時折、列車が姿を見せて、2両編成に結構な数の乗客が乗っていて驚くが、ここ比羅夫で乗り降りする人はなかった。遠くにドライブインの明かりは見え、かすかに車の音は聞こえてくるが、あとは静かなもの。満天の星空、きりりとした空気。

 談話室からは、いつしかギターとハーモニカの音がひびいてきた。ドミトリーの他に、ホーム上のコテージもあり、そちらの素泊まり客のようだ。後刻、
 「うるさくしちゃって済みません」
 なんて詫びられてしまったが、いやいや、生の音楽をBGMに食べるバーベキューも、なかなかオツなもの。待合室で寝ていた「たま駅長」ならぬ居候の猫「しま太郎」も現れ、魚の切れっ端を分け合いながら、またとない時間を過ごすことができた。

 この宿のもう一つの名物が、丸太1本をくり貫いたというワイルドな「丸太風呂」。ランプ1本の照明の薄暗さもよく、もちろん時間が合えば扉1枚向こうには汽車が走って行く。沸かし湯なのは惜しいが、羊蹄山の湧き水を使っていて、循環湯の温泉などよりは、よほどやわらかかった。

 終列車も過ぎ去り、セルフサービスのビールを空ければ、まだまだ長い夜。ゆったりと本を読んでいるといつしか眠気が訪れ、明かりを落とした。

 


▲暖かな光を投げかける比羅夫駅舎


▲談話室もぬくもりある雰囲気


▲しま次郎とともにホームでバーベキュー

▼4日目に続く

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