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転職記念北海道旅行
2日目
千葉のユニーク私鉄乗り歩き

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未来都市の未来学校

 北海道へは、明日朝の東北新幹線「はやて」で旅立つので、夕方に友人と会うまで、今日は一日フリー。これまであまり訪れたことのない、千葉方面を目指してみた。

 Suicaロッカーに荷物を預け、長い長い地下通路を通って京葉線乗り場へ。同じ東京駅という感覚でいると、1〜2本の電車を逃してしまいそうな規模だ。ブルーの201系「京葉快速」は、東京ディズニーランドを目指す行楽客でぎっしり満員。しかし舞浜で、ごっそりと降りた。男一人でディズニーランドに行く気はないけど、リゾートラインのモノレールだけはちょっと気になる存在だ。

 首をひねり東京湾を眺めながら30分、海浜幕張着。幕張メッセのオープンが7歳の1989年、小学生向けの読み物に登場していたこともあり、「マクハリ」は未来感を強く感ずる言葉だ。駅前の光景はそれを裏切るものではなく、高層ビルが並ぶ未来都市だった。

 バスに乗り向かったのは、千葉市立海浜打瀬小学校。2001年にできた、オープンスクール型の、地域に開かれた小学校だ。なるほど学校の敷地を区切るフェンスや校門など一切なく、グラウンドは公園のようだ。校舎もガラス張りで通りに面していたり、ピロティの下が歩道と一体化していたりと、学校内が異質な空間ではない。街の人にとって、公民館に近いような存在感なのではなかろうか。

 校舎そのものの規模も、高層化するのではなく周囲の低層マンションとスケールを合わせ、街区に組み込まれている。学校という異質な空間のまま地域に開いても、ただの無防備な区画になってしまうだろう。ここで成功している学校の設計図を元に他の場所で建てても、コンセプトは達せられないに違いない。開かれた学校は、学校毎に解があるものと感じた。

 と、満足して踵を返してしまったのだが、この打瀬地区の小学校、人口増に合わせて打瀬小、海浜打瀬小、美浜打瀬小と、いずれも同じコンセプトの小学校が次々に増えているとか。僕が大学の建築の授業で学んだのも、どうやらここではなく打瀬小だったらしいし、2年前には美浜打瀬小が大きな話題をさらったようだ。いずれも特徴的で、見逃してしまったなと思う。また訪れよう。

 幕張メッセも少し覗いてみた。10代くらいの女の子が列をなしていて、誰のコンサートかと思えば、なんと韓国のグループ・ビックバン。韓流スターというよりは、韓国本国での活躍が中心のアイドルグループなのだが、こんな立派な場所で日本公演を行えるのだから、大したものだと思う。

 


▲おしゃれなベイエリアを結ぶ205系電車


▲街区と一体化した海浜打瀬小学校


▲掲示板も学外を向く

苦境の千葉都市モノレール

 駅内のフードコートで蕎麦を食べ、京葉線をさらに下る。千葉中央駅で、千葉都市モノレールに乗り換えた。1988年開業の懸垂式モノレールで、夏の旅行で乗った同方式の湘南モノレールが思いのほか楽しかったので、こちらも体験しようというわけだ。磁気式の一日乗車券を買い、ついでに沿線案内のようなものがないかと聞いてみれば、外国人向けの、しかも外部団体が作ったものしかないとのこと。

 千葉都市モノレールは1・2号線の2路線があり、両系統が重複する千葉みなと〜千葉間はかなりの頻度となる。千城台方面の2号線はまずまずの乗りで発車していったが、2分後の1号線はガラガラだ。足元のない懸垂式はスリル満点だが、駅間距離が短い上にカーブが多く、湘南のようなスピード感はない。

 政令市のそれとは思えない小さな千葉市役所を過ぎれば、千葉駅へ。2系統が集う大きなターミナルだが、こちらに乗り込んでくる人はごく少ない。1・2号線の分岐は複雑でダイナミックだが、1号線はぐっとカーブを切りスピードも上がらない上、大きく迂回して繁華街へ向かう。この間を歩いても、大した距離ではなさそうだ。

 乗客も増えず、スピードも上がらないまま県庁前着。まさに県庁の目の前だが、閉庁日とあっては中途半端な終着だ。葭川公園駅まで歩いて戻ってみれば、千葉の中心ともいえる繁華街で、そこそこ賑わっている。それでもこの駅の乗客数は、千葉モノレール中のワースト2位だとか。

 実はこの千葉〜県庁前間は、廃止の話も出るほどの閑散路線で、深刻な状況はふらりと訪れた旅行者でも実感できた。道路をまたぐ大きなアーチ橋は立派な都市景観を作っているが、ここまで立派なインフラが必要だったのだろうか。線路をひくにしても、15分間隔のダイヤなら、単線で充分だったのではないかと思う。その後の延伸も見越したのだろうけど、橋脚だけを将来複線対応の仕様にしておく方法もあったはずだ。

 モノレールとは関係ないが、街を歩いて気になったのが、地図や案内標識の類がずいぶん少ないこと。古い建築物を再生したという市立美術館をのぞいてみようとウロウロしていたのだが、ついにたどり着けなかった。立派なハードも結構だけど、きめ細かさもお忘れなく。

 千葉に戻り、2号線に乗り換えて千城台方面へ。階段を上り下りしての乗り換えが必要で、ここがホームタッチになればかなりラクになりそう。1号線の電車を2号線に合わせ12分間隔にして、その代わりに県庁前〜千葉に短縮、千葉駅で2号線の電車とホーム乗り換えできるようにしてはどうだろう? その方が、万人にとって便利だと思う。

 さて1号線の閑散ぶりだけで千葉都市モノレールを語っては失礼で、2号線は12分間隔で走り、乗客でいっぱい。立派に郊外と中心部を結ぶ足として活躍中だ。湘南ほどではないもののスピードも出るし、道路上から畑地へと移り変わる車窓も面白い。来年から導入予定の新型車両では展望にも配慮されるそうで、楽しみだ。使えないの?と思ったPasmoも、来春には対応するとのこと。

 千城台から折り返し、千葉に戻って、京成千葉から千葉線に乗る。やってきた電車は新京成の電車で、意表をつかれた。新京成は、京成の子会社ながら、オリジナルの車両で独立した運行を行っているという、小学生の頃に読んだ鉄道図鑑の知識でストップしていたからだ。インターネット辞書を紐解けば、2006年から京成千葉線への乗り入れを始めたとのこと。

 私鉄電車らしく、細かい駅間隔で、こまめに乗客を拾いながら住宅街を走る。隣を走る総武本線に比べるとミニマムさが際立つが、東京と成田を結んで「京成」電鉄。千葉方面は支線という位置づけなのだろう。

 


▲2系統の電車が発着する千葉みなと駅


▲大きなアーチ橋はシンボリックだが


▲市街地を走りながらも寂しい姿

住宅街の持続可能性

 津田沼からは京成の「新標準形式」こと3000系に揺られ、ユーカリが丘へ。次なるユニーク私鉄は、住宅屋が作った鉄道、山万ユーカリが丘線への試乗だ。約25年前に開業した、いわゆる“新交通システム”で、住宅団地への足としてディペロッパーが敷設した異色の路線。VONAと呼ばれる、オリジナルの方式の車両が走っている。

 降り立ったユーカリが丘駅前は、超高層マンションがそびえショッピングモールも並ぶ、最近開発されたかのような姿だったのは意外だった。ユーカリが丘線の方は自動改札こそあるもののPasmo非対応、バリアフリー施設も皆無で乗客も少なめと、まあ予想していた姿そのものだ。ダイヤも20分間隔と、決して便利とは言いがたいし、200円均一の料金も距離を考えれば気軽に利用できる水準ではない。

 走り出せば、カタカタと揺れる独特の乗り心地。小さな車体と相まって、遊園地の豆汽車に乗っているような気分になる。限られた団地住民の足なのだし、これで充分なのだろう。

 公園、女子大、中学校と、「前」すら付けない一般名詞の駅名も名物のひとつ。しかし車窓左手に緑がいっぱいに広がっているのは、どういうわけだろう。鉄道をひっぱって25年というのに、開発に手をつけた形跡がないのだ。さらに中学校駅では、ショッピングセンターを併設した「駅ビル」の完成予想パースが掲げられていた。25年を経た、今から開発なの??

 唯一の固有名詞駅、井野駅で降りてみた。駅そのものはミニマムで、駅を出ると、マンションに併設されたささやかな駅前広場が設けられていた。これも25年前のものではなく、最近になって建てられたもののようだ。住宅街も新しく、若い住人が入っている。

 実は開業25年のニュータウン専用鉄道ということで、だいぶさびれた情景をイメージしてきていた。30代で家を買ったとすれば、当時の働き盛りもそろそろ定年。高齢化一歩手前となるのがニュータウンであり、各地で直面している問題でもあるのだ。それがここでは、未だ開発が続いている。どういうことだろう。井野駅には、地区センター前駅の山万の展示場の案内が掲げられていた。ユーカリが丘全体の模型もあるとか。よし、行ってみよう。

 ラケット型にぐるりと回る路線もユーカリが丘線の特徴の一つで、公園駅へ戻ってきた。地区センター駅で下車して、「街ギャラリー」へ。「考える街」のキャッチフレーズと共に、首をひねって考えるカンガルーのイメージキャラクターがかわいい。

 「九州から来たので、絶対にお客さんにはなれないんですが…」
 と前置きして、全体模型を見ながら説明を受けた。曰く、ユーカリが丘のコンセプトは持続可能な発展であり、決して一気に開発はせず、残すべき緑は残して少しずつ開発を行うことで、常に多世代が住まう街を志向しているのだそうだ。高齢化して家を持ち続けるのが難しくなれば、売却してそのお金で団地内の老人ホームに入り、売られた家はリフォームして安価に若い世代に売るという「循環」も実現しているらしい。

 そして「ユーカリが丘」そのものも、ユーカリが丘線沿線に留まるものではなく、駅の反対側や、ユーカリが丘線の外縁にも広がり続けているのだとか。とにかく当座の利益を考えたい民間企業でありながら、先々を見据えた街づくりを行う山万、感銘を受けた。ユーカリが丘線をぐるっと乗ってしまえば満足だったはずなのに、思わぬところで街づくりの勉強になった。
 「開発」である以上、そんなにきれいごとばかりでは、ないのかもしれないけど…

 上り羽田空港行き快速に乗り、青砥で乗り換えて上野へ。さらに東京駅で荷物を取り出し、王子へ向かった。東京の友人とこの街で一杯、の予定の前に、みどりの窓口に立ち寄る。上り「富士」以上に難航していた、帰路の金曜夜の寝台特急「サンライズ」の寝台券の確認をするためだ。

 「サンライズ」の人気は高いようで、このところずっと窓口に通っていたのに、席を取れなかった。しかし人気列車の指定席はやはり粘り勝ちで、1席だけ出たキャンセル券をゲット。補欠に確保していた「はやぶさ」B寝台券からの変更には少々手間取ったが、若い窓口スタッフ、嫌な顔一つせず処理してくれた。

 友人と食べたおでん、飲んだ酒の味がひときわおいしくなったのは、言うまでもない。


 


▲高層マンションが林立するユーカリが丘駅


▲裏道のような切り通しを走る


▲マンションと一体化した井野駅前広場


▲王子でおでんをつつく

▼3日目に続く

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