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さよなら東海道の2大スター&東日本の観光列車めぐり
1日目
500系のぞみの5時間13分

消え行く2大スターとの別れ

1日目の旅のルート(Map作成ソフト:白地図 KenMap


 鉄道ファンの間では、九州と東京を結ぶ2大スターが、来春には廃止されるのではないかと話題もちきりになっている。その列車とは、かたや新幹線500系「のぞみ」、こなた寝台特急「富士・はやぶさ」だ。

 噂が本当になる前、ぜひ今のうちに、この2つの列車に乗っておきたい。今年から職場の出張規定が変わり、飛行機より安ければ列車の利用もOKということになっていたのだが、4月から東京出張のない部署へ鞍替えとなってしまい、「のぞみ」は絶たれた。

 こうなれば自前で行ってやろう。計画は夏休みに照準を合わせ、せっかく滅多に行かない東日本に行くからというわけで、「土日きっぷ」で東北にまで足を伸ばす予定まで詰め込んだ。

 仕事に追われ準備不足、前日の夜1時まで準備に追われた。博多駅発の500系のぞみは朝7時発。寝不足だ。


500系のぞみの5時間13分

 西鉄バスで博多まで出て、久しぶりの新幹線乗り場へ。いつも使っている博多駅だが、新幹線の改札をくぐると、なにか晴れがましい気分になるから不思議だ。
 早朝6時台とあって待つ人は少なめだが、500系がホームへ滑り込んでくれば特徴ある「突端」で記念撮影をする親子の姿も。登場10年以上を経てなお、かっこよさを失わない。完成度の高さがうかがえるデザインだ。

 1割にも満たない乗客を乗せ、博多を出発。博多〜小倉はわずか15分。高速バスや快速で1時間以上、在来線特急でも40分という時間距離に慣れた身にとっては、ワープに等しい衝撃の早さだ。小倉では更に1割程度乗客を増やし、車内見学も今のうちと席を立った。

 500系の車内での特徴は、砲弾型の細身の車体。車内にもその特徴が現れていて、狭いと評されることもあるようだ。在来線に乗りなれている身には、それより広い空間に圧迫感は感じないものの、N700系に乗ったときよりは確かに狭く感じる。荷棚もその分狭く、後刻新大阪から乗った隣人はキャリーケースを床に置いていたっけ。

 デッキの電話を防音仕様の電話ボックスにしたことも話題を集めたが、今は携帯電話の通話ブースとして重宝されていそう。グリーン車を挟むように配置されていたサービスコーナーは廃止され、ガランとした空間が寂しい。この程度の供食空間すらなくなってしまうなんて、新幹線に食堂車があった頃が夢のようだ。

 小倉に続いて新山口に停車。500系の俊足は今や、増えた停車駅の停車時間をカバーするために使われているのが現状だ。しかし博多、小倉に匹敵する人々がホームを埋める様を見ていると、これも新幹線の生きる道のひとつのように思える。だいぶ車内も賑わってきた。

 広島に続き、福山でもイレギュラーの停車。ここの乗客も多く、岡山ではすっかり満員に。平日とあって、そのほとんどはスーツ姿のビジネスマンだ。山陽新幹線は東海道に比べゆとりあるイメージだが、仕事人の熱気は勝るとも劣らない。JR西日本の新幹線戦略も、東海のようなビジネス一辺倒路線にだんだんと傾きつつあるが、企業経営の上では仕方ないのかもしれない。

 新神戸、新大阪、京都でガラリと入れ替わったが、半分くらいは京阪神圏を貫通利用するようで、直通のぞみの面目躍如だ。

 博多を出て3時間、そろそろお尻も痛くなってくる頃だが、座席を立ったところで行き場もないし、じっとしている他なし。以前の「ひかり」なら東京到着は1時間以上遅かったのだが、食堂車で朝・昼を食べられれば、体感的な所要時間は今より短かったかもしれない。窓側に座れれば、まだ移り変わる風景を楽しめるだけ良いが、更に窓が小さくなったN700系の通路側なんて、退屈で仕方ないだろう。

 東海道新幹線に乗る機会はそうそうなく、今回は2度目。トンネルばかりの山陽や九州新幹線に比べ、明かり区間の多い東海道は景色が楽しめて、在来線に乗っているような気分になる。楽しみにしていた富士山が、雲に隠れて拝めなかったのは残念。未だ地上から富士山の全容を眺めたことがなく、日本人としていつかは見てみたいと思っている。次回の旅行先は、静岡県にしようかな。

 首都圏に入り、新横浜、品川と連続停車。両駅とも今春ダイヤ改定より全列車停車となったが、降りる乗客の多さを見れば納得。栄光のスピード記録がだんだんと色褪せていくのは残念だけど、飛行機に太刀打ちできるのはきめ細かな利便性だろう。

 というわけで、かなりの空席を出して東京駅着。5時間は長かったけど、まだ午後の仕事が始まる前の時間に、陸路で東京に着けるというのは、やはり驚異だ。理屈抜きにかっこいい500系の引退は残念だけど、300km伝説を受け継ぐN700系の活躍に期待しよう。

 


▲新幹線はいつも子供のヒーロー(博多駅)


▲砲弾型の独特な断面の車内


▲サービスコーナーはデッドスペースに


▲東京でもヒーローの500系(東京駅)

首都圏の鉄道ハイライトに乗る

 東京駅で荷物を預け、長い長いエスカレーターを上って中央線乗り場へ。「オレンジ色の電車」こと201系の姿はなく、銀色にオレンジの色をキリリと締めたE233系が新たな主役だ。
 JR東日本の新たな標準形式となったE233系だが、山手線モデルを除いてどうも好きになれなかった先代E231系よりも、お気に入りの車両だ。車内は明るくてモダン、近年の電車に見られた「安っぽさ」もだいぶ和らいだと思う。走りも静かで、快適だ。

 さらに山手線で渋谷へ動き、博多からはるばるお世話になった「東京往復割引きっぷ」を自動改札に吸い込ませた。代わりに明日からの「土日きっぷ」を買おうとみどりの窓口に行ってみれば、長蛇の列。せっかくの短い東京での時間を、行列に費やしたくないなと思っていたら、なんと隣の自動券売機でも買えると駅員さんに案内された。

 少々操作が難しく、機械慣れしない人には難がありそうだが、列に並ぶ手間がないのはラクだ。指定券の発行もOKでどの列車も希望の席が取れたが、「あけぼの」のゴロンとシートだけは特殊なためか発行できず、後刻に期す。

 地下にもぐり、話題の副都心線乗り場へ向かった。さすがにきれいで、明るい副都心線ホーム。滑り込んできた電車も、新生メトロの標準形式・10000系電車だった。
 せっかくの新線、新車両なのだから、いつも通勤で乗っている福岡の七隈線のように、車両・駅に一貫したカラーコンセプトを出せなかったのかとも思うが、各社の車両が乗り入れるとあっては、あまり強い色は出せないか。

 後ろに急行電車が迫っていることが分かったので、新宿3丁目で乗り換えてみた。こちらは東武の9000系電車だ。地下鉄線にも関わらず追い越し設備を持ち、本格的な急行運転を行っているのも副都心線の特徴のひとつ。ホームドア越しに、途中駅の光が流れて行く。唐津方面まで時間のかかる福岡の空港線でも、こんな急行運転をやってほしい。

 渋谷駅は、将来の東急線乗り入れを前提にした大空間。これまでの各駅とも、まったく違うデザインコンセプトを持った駅は、世界的建築家・安藤忠雄氏の作品だ。グレーでシックな内装、地上まで続く吹き抜け空間など、これまでの地下駅とは一味もふた味も違う。サイン類にだけ見られるビビッドな色使いは、機能的にも優れている。

 地上に上がって、現在の東急渋谷駅へ。地下化を控えて設備投資が抑えられているのか、灰色の鉄骨で組まれた大空間が、一昔前の私鉄ターミナルを思い起こさせて懐かしい。ダイヤ面は充実していて、横浜までは1時間に特急4本、急行4本。特急に乗って、元町方面へと向かってみた。

 同じ京浜間とはいえ、車窓の雰囲気はJRとも京急ともずいぶん異なる。エネルギッシュな都会から落ち着いた住宅地、山の緑や畑地まで、どことなく阪急神戸線を思い起こさせる清楚さがある。

 田園調布を出ると、隣には目黒線の電車が併走してきた。つい先ごろ、日吉までの延伸がかなった新ルートで、東横線と平行し複々線を形成。東横線は高架を走りつつ、目黒線のみ一旦地下にもぐるシーンも見られ、ダイナミックな立体感だ。

 地下駅の横浜からは、みなとみらい線へ直通。乗客はぐっと減った。平日とはいえ夏休み、みなとみらい方面への行楽客を降ろしていき、終点の元町・中華街駅へ。この駅も地下ながら大空間で、戦前からの御堂筋線各駅を現代風に解釈すればこうなるのかなと思った。

 地上に出れば、ミナトヨコハマ。レインボーブリッジと氷川丸が出迎えてくれた。テレビの中で見慣れた風景をこの目で見ることも、感動の一つだ。遅い昼ごはんは、港が見えるマックで食べたが、中国人観光客の多さには目を見張る。九州だと地理的条件ゆえ韓国人の方が目に付くのだが、東京ではやっぱり絶対的に人口多数の側が、観光客も多いのだった。

 臨港線廃線跡の遊歩道を歩き、横浜港大桟橋へ。建築物なのか土木構造物というのか、自在な曲線を操る巨大な旅客船ターミナルだ。いったい何を基準にこの巧みな曲線を作ったのか、凡人の僕には到底考えの及ばぬ世界だ。難しいことを考えずとも、屋上の芝から眺めるヨコハマの港はサイコーだ。

 さて、まさに渡りに船で、平日1日4本しかないみなとみらい方面の水上バスが、ちょうど出航するところのようだ。500円也の運賃を払い、大桟橋やランドマークタワーを眺めながらの水上散歩。逆光のため、白く輝くはずの建物が影に沈んでいたのは残念で、次はぜひ午前中に乗りたい。

 桟橋からクイーンズスクエア横浜へ歩き、地下にあるみなとみらい駅へ。大きな吹き抜けの中にホームを見下ろす眺めは、ありそうでなかった新鮮さがある。平日というのに、みなとみらい線も帰路についた行楽客で大混雑。横浜からでは座り辛いかもしれない。

 東急は往路に乗ったので、帰りは気分を変えて京急へ。快特が、大好きなクロスシート車2100形でなかったのは残念だが、加速感の良さは京急ならでは。下町をジェットコースターのように駆けていき、爽快だ。平面交差が大きなネックとなっている蒲田駅の大改良も着々と進行中のようで、今後の変化も楽しみ。

 品川からはJRで御茶ノ水へ。近くの銭湯で1日の汗を流した後、王子へ向かった。ここでは東京で頑張っている留学時代の友人と、近況報告をしながら一杯。夜汽車の出発までの時間を、しみじみ、有意義に過ごすことができた。

 地下鉄南北線で帰る友人と別れ、京浜東北線と宇都宮線を乗り継ぎ大宮へ。夜行急行「能登」の大宮出発時刻は、午前0時1分。「土日きっぷ」を有効に使うには、実質金曜の夜から旅立つことが出来るこの列車が便利だ。昔ながらの国鉄色、しかもボンネットという、現代の奇跡とも言える489系電車が活躍している。

 車内は、悪名高き「簡易リクライニング」の改造ながらもリクライニングシートが並び、居住性はまずまず。車内は7〜8割の乗りで盛況だが、高崎発車後にどれほど残っていることやら。「白山」運用時の名残でラウンジカーがあるが、初めからここを寝場所にする乗客が多く、本来の用を成していないのは残念だ。明朝は4時13分の直江津下車、席に戻ってさっさと眠ろう。

 


▲地下化前夜の東急渋谷ターミナル


▲大阪の御堂筋線を連想させる元町・中華街


▲大さん橋からみるヨコハマの港


▲貴重な国鉄型ボンネットが活躍する「能登」

▼2日目に続く

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