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四国まるごとパス&岡山
2日目
岡山に咲いた水戸岡ワールド

ハレの国の路面電車

 目覚めれば、下津井瀬戸大橋が目の前いっぱいに広がっていた。お隣、櫃石島から先は朝もやに隠れかけていて、四国側の南・北備讃瀬戸大橋の姿は確認できない。テラスで朝のさわやかな風に吹かれつつ、セルフのインスタントコーヒーを傾けた。そういえば、風邪はほとんど治っている。旅は特効薬だ。旅で生きて行ければと思う。

 朝の1番バスまでは時間もあるので、徒歩で鷲羽山の展望台へ足を向けた。重い荷物を肩に、第2展望台まで上がれば、YHでは目線の高さにあった大橋が、眼下に写る。ビジターセンターまで上れば、さらに視界が広がった。海も空も蒼い、快晴の朝。今日もいい天気で、暑くなりそうだ。

 数分遅れでやってきた、下津井電鉄の下津井循環バス「とこはい号」は、予想に反してノンステップバスで乗客も多かった。しかも乗降口にはICカードリーダーまで備えられており、まさかと思いつつ手持ちの「ICOCA」をかざしてみたら、使えた。YHのペアレントさんは「田舎なもんで…」なんて言っていたが、関西のカードネットワークに組み込まれた下津井、侮れない。

 JR児島駅も、もちろんICOCAの効力内で、やってくる電車も関西の新快速と同じなのだから、どこにいるのか分からなくなる。茶屋町までの本四備讃線区間は130kmの高速運転で飛ばすが、その先の宇野線区間は単線の隘路で、下りマリンライナーとの交換待ちもある。間を走る普通電車は、もっととばっちりを受けているに違いない。一部で行われている、複線化工事の成果に注目だ。

 岡山駅着。改修工事もほぼ完了して、すっきりした橋上駅舎が出来上がった。6方面の在来線に新幹線まで発着するだけあり、大きなLED発車時刻案内にはズラリと列車が並ぶ。GW後半初日を迎え、新幹線改札は大混雑だ。僕は荷物をロッカーに預け、岡山市内の散策に出発した。

 岡山のバスや路面電車もICOCAの効力内だが、岡山電気軌道の1日乗車券が500円と安めなので、迷うことなく購入。路面電車乗り場には低床電車「MOMO」が入ってきていたので、急いで乗り場に向かった。

 MOMOは2002年デビューの低床電車だが、独創的にデザインされた内外装が一大特徴。それもJR九州の列車デザインを多く手がける、水戸岡鋭治氏の手によるものだ。外観はメタリックな色に青と、近未来から飛び出したよう。全国各地に低床電車数あれど、もっとも乗ってみたいと思わせる外観デザインと思う。

 一方内装は木を多用していて、これも他の路面電車に例を見ない。木の座席は硬いけど、運行距離が全国一短い岡山の路面電車なら、これで充分かもしれない。低床路面電車の宿命ともいえる車内の出っ張りは、座席1席にするには広すぎ、2席では狭すぎで、各地の電車が苦心している点のひとつ。この電車では出っ張りをまるごとベンチにして、荷物混み一人分や、親子、仲のいい人同士など自在に使える。立席スペースになりがちな連結部には「尻乗せ」程度のベンチもあり、自由な発想の座席配置は外部デザイナーらしいと言えそうだ。

 満員で市内を駆け抜ける電車も、商店街最寄りの城下でほとんど下車。全国各地の「好調な路面電車」の例に漏れず、JR駅と繁華街を結ぶのが主たる役割のようだ。この間は100円運賃で、市民サービスに努める。

 静かになった電車は裏通りを走り、終点・東山着。1編成しかないMOMOだが、路線長が短い上にすぐに折り返していくので、出会えるチャンスは多そうだ。疑問なのは、曜日毎に運行路線を固定していること。今日は東山方面にしか走らないが、清輝橋方面にもこの電車でなければ外出できない人がいるのだろうから、毎日2路線の交互運行とすべきでは?

 昼間は5分間隔と、きわめて便利なダイヤの東山線。次の電車は箱型の軽快電車スタイルだったが、モーター音は重々しく、古い電車の車体更新車のようだ。乗降ドアは車体の両端に寄っていて、乗降の際には車内の後端から前端まで、延々と歩かなければならない。島式ホームの電停が混じっているため、電停によって乗車位置が左右に変わるため、中扉にはできないのだ。

 降り立った西大寺町電停も、島式電停のひとつ。電停で待つ際に、道路上を疾走する車との距離を保てるので安心感があり、風もいくぶん軽減されているのはメリットだ。一方で構造上、風防壁を設けられないので、強風の日は辛そう。上屋を設ける際に1箇所で済むのは事業者側の利点だが、そうした電停は少ない。5月の日差しが暑かったこの日、電車待ちの時間は辛かった。まあその時間も、さしたる長さではないのだが…


 


▲頑張って上れば絶景が待つ(鷲羽山展望台)


▲スッキリ分かりやすくなった岡山駅も大混雑


▲スマートにデザインされたMOMO


▲木を多用した独特の内装
路面電車の旅は続く

 東山線と清輝橋線の2路線がある、岡山の路面電車。平行する両線の間にアーケード街が広がり、中心市街地になっている。政令市移行を目前に控え、新区名アンケートも行われている、勢いある市街地だ。

 アーケードの賑わいも空洞化とは無縁で、小さな商店からデパートの天満屋まで、アーケード内にワゴンを出して、バーゲンの真っ最中。賑わうのは結構だが、歩きにくいこと無類だ。午前中でこの状況だったのだから、午後にはどうなっていたことやら。あえて歩きにくくして、商品に目が向くようにしたとすれば、それも作戦と言えるかもしれないが…

 日差しを避けつつ県庁へ。向かいに立つ図書館ともども、落ち着いた色彩の庁舎建築だ。岡山城の色彩に合わせたのかな…と、その岡山城にも足を向ける。RC造の復元天主で、天主から後楽園を見下ろせば殿様気分。しかし庭園たるもの、降りて歩いて見なければと、さらに歩く。お金と汗が、どんどん出て行く。

 真夏のような暑さの後楽園は、さすがGWで大賑わい。地ビールがよく売れている。散策するのはもちろん、丘の上に上がり見下ろしてもきれいな庭園だ。韓国や中国の観光客も目につき、日本旅行ブームの行き先が東京や北海道、九州だけでないことが分かる。リピーターかもしれない。

 繁華街へ岡山電気軌道のバスが通じているので待っていたら、水戸岡デザインの新色バスがやってきた。真っ白な中に青のワンポイントが入ったシンプルなデザインながら、街の景観に映える。車内はドットパターンで、これも青だ。

 バスは裏道をくねくねと走り、天満屋のバスセンターに一旦入ってから駅に向かった。市内バスのすべてが集結するので、中心街に出たり乗り換えたりするには便利だけど、立ち寄る分時間のロスは多い。中心部が、広い青空市内バスターミナルとして機能する福岡天神は、複雑で分かりにくいと思っていたけど、あれにはスルー運行でタイムロスを抑えられるメリットがあったわけだ。どちらが良いか、一概には言えないけれど。

 柳川で降り、路面電車もうひとつの路線、清輝橋線へ。こちらも郵便局前電停より西側から繁華街へアクセスできるが、本数が少ないこともあって、利用者は東山線の方が圧倒的に多そうだ。広々した幹線道路を走り、軌道敷内乗り入れ禁止も徹底されており足は早いが、左折時に軌道をふさぐ車に行く手を阻まれる。九州だったら警笛をバンバン鳴らすところだが、岡山はそこまで荒くはなかった。

 道路の真ん中にポツンとたたずむ、清輝橋着。路面電車の終点としては中途半端な位置のような気もするが、市役所や宇野線方面への延伸が検討されているようだ。特に意識していなかったが、ここで僕は国内の路面電車完乗を達成した。もう乗っていない路面電車がないのは寂しい気もするが、岡山を始め全国各地にある新線・延伸計画が日の目を見て、路面電車の旅が続くことを願っている。

 もう一度繁華街を歩き、城下電停から駅に戻った。


 


▲見下ろしても美しい後楽園


▲水戸岡デザインの電車とバスが並ぶ



LRTを待つローカル線と平成生まれのローカル線

 岡山駅からは、ローカル線の旅。吉備線に乗って、まずは総社の街を目指した。備中高松までは昼間はほぼ30分間隔の運行が確保されていて、利便性はまずまず。ローカル線とはいえICOCAも使える。新潟・仙台にSuicaを広げた東日本も大したものだが、岡山・広島圏へ一気にICOCAを導入した西日本の底力もすごい。

 車両はキハ40系のリニューアル車で、内外装とも落ち着いた色が好ましい。「電車大好き」の子供とお母さんが向かいの席に座り、鉄道ワンダーランドの岡山駅を離れた。

 列車はしばらく岡山市街地を走り、駅を増やせば市内電車的に使えそう。現に吉備線を、富山港線式にLRT化して列車頻度を増やし、岡山電気軌道とも相互直通運転を行うという青写真も描かれているようだ。富山港線の大成功はこの目で見たし、吉備路の観光利用も見込めるという点では、岩瀬浜に人を集める富山と共通する部分もある。他線と独立した運行形態を取っている点も同じだ。ただ沿線の風景はずっとのどかで、富山港線並みの人口密度はなさそう。じっくり検証して、現実的な結論が出ることを願いたい。

 混んでいた列車も備中高松でどっと降り、いよいよローカル線らしくなった。有人駅は少なく、ワンマン運転士が運賃を受け取るシーンが多いが、では「ICOCA」はどうかというと、運転士にICOCAを見せて駅の改札機にタッチさせるのだとか。無人駅相互間なら、いくらでも不正をはたらけそうなシステムだ。いっそバスみたく、車内にカードリーダーを付けた方がよかったのではとも思うが、ツーマン列車もあるし難しいか。そう考えると、なるほどLRTが向いているかもしれない。

 東総社で下車。総社の名前の元にもなっている総社宮にほど近く、市役所などもこちらが便利。総社市まちかど郷土館なる、昔の警察署を活用した資料館があり、明治時代の洋館を自由に見学できる。前に面する道も旧街道といった趣で、風格ある家屋が多そう。今回はパスしたが、近隣には備中国分寺の五重塔もあり、歴史探索には楽しそうな界隈だ。

 再びICOCAタッチで吉備線に乗り、総社へ。ここで井原鉄道に乗り換えだ。実際に井原鉄道の線路が始まるのは清音からだが、総社〜清音間はJR伯備線区間ながら井原鉄道の線籍も持った、二重線籍区間になる。よって切符もJRと井原鉄道の合算にはならず、通しの料金で乗れるのは便利。全国的にもあまり例がなく、しなの鉄道との間でもめている信越本線の篠ノ井〜長野間も、こんなシステムならと思う。

 ホームに待っていたのは、ラッキーなことに水戸岡デザインの「夢 やすらぎ号」だった。ステンレスの車体を古代漆色にまとう姿は、今風の肥薩線「いさぶろう・しんぺい」号といったところ。列車を待っていた地元中学生らも、まさかこれが「普通の」普通列車とは思わず乗らなかったようで、運転士に教えられて、喜び勇んで乗り込んできた。

 車内も「いさぶろう」の構成に似ていて、「居酒屋のボックス席風」のボックスシートが並ぶ。ロングシート部も、木の椅子に座布団が置かれるという安らぎの空間で、「サロン席」とでも呼んでしまいたいくらいだ。

 伯備線の架線下を力走し、清音では伯備線からの乗り継ぎを受けて、各ボックス2組ずつと程よい混み具合になった。井原鉄道に入ると高架橋に上がり、特急街道の伯備線と比較しても線路の規格が上がった感じだ。なんせ1999年に開業したばかり。ローカル線苦境の時代、各地で廃止が相次ぐ中で開業にこぎつけた、高知の「ごめん・なはり線」と並ぶ最後のローカル線である。

 ごめん・なはり線と同様、延々と続く高架橋が壮観であり、ローカル線には過分な設備という気もする。もちろん踏切事故を避けるためには最善の選択と思うけど、小駅にはエレベーター設備もなく、上り下りが大変というお年寄りの話も聞かれた。

 さらに踏切が0というわけでもなく、主要駅は地上に設けられていて、その前後には踏切が設けられている。田園地帯より、こちらの方が踏切をなくすべき環境と思うけど…そしてその地上駅も、陸橋を渡らねば駅にはたどり着けない。新幹線すら地平に建設され、地平から気軽に乗れるLRTが評価される昨今に設計されたなら、こうはなっていなかったろう。国鉄再建の中で長らく工事中断になっていたことは、開業9年にも関わらず高架橋が少し古びていることからも分かる。

 GWということは考慮せねばならないだろうが、乗客が思ったより多いのは嬉しいこと。苦境の時代にできた鉄道には、やはり作る必然性もあったわけだ。早雲の里荏原と井原が中心駅のようで、この両駅でどっと降りて乗客は2人になってしまった。岡山方面から井原への利用がメインのようで、吉備線経由の岡山直通でも走れば便利なのにと思う。

 再び高架に上がり、神辺の街に入ると家々が密集してきた。高架の列車が似合う風景だけど、福塩線まで近すぎるのか、増えた乗客は1人だけ。寂しいまま、福山側のターミナル・神辺に着いた。福塩線の電車が見事な接続で発車していくが、乗り換えたのは一人だけというのは寂しかった。

 僕は乗り継がず、駅前に来てくれた友達の車に乗り込む。ちょうど里帰り中だった、福山出身・宇都宮在住の友人のご実家に、お世話になった。ほとんど3年ぶりに会う友人だったが、お互いに難しい事情のない大学時代の友人。あの頃に帰って楽しんだ。


 


▲まちかど郷土館は貴重な木造警察署


▲ステンレスを漆色にまとった「夢やすらぎ」


▲普通列車とは思えない内装


▲高架の線路からの眺めはよいが

▼3日目に続く

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