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遠回り韓国
1日目
昼鶴見線、夜ソウル

福岡発・東京経由韓国への旅

 2007年11月17日、珍しく飛行機で韓国へ向う僕は、福岡から東京行きのJAL機に乗った。社会人になってから飛行機で東京に行くことも増えたけれど、窓際の席が取れたのは今回が初めて。大分上空から瀬戸内へ飛んでいく車窓が新鮮で、こんな場所を飛んでいたのかと、驚きだ。「第2国土軸」は、空の上でとっくに実現していたのだった。

 さて、休暇シーズンでもない秋に、しかも福岡から韓国に行く人間が、なぜ東京線に乗っているのかは少々説明を要するだろうから、しばしお付き合いを。

 まず、なぜこの時期なのか。ウチの会社の夏休みは6月から9月の間に取ることになっているのだが、夏は何かと忙しくて、結局取得できなかった。そこで内々で「振り替え」てもらい、仕事の谷になるはずだったこの時期に夏休みとしたのだ。もう秋から冬に移ろうという時期で笑い話のようだが、取れただけ幸せで感謝せねば。谷になるはずだったこの時期だがスケジュールが狂い、重要な案件が休暇予定の週を直撃。上司がその仕事を、引き受けてくれたのだから。

 そして東京線に乗っている理由は、JALのマイレージのいたずらだ。社会人になり飛行機に乗る機会も増え、一人前にマイルが貯まっていた。しかし1万3千では無料航空券に至らず、かと言って放って置けば12月で3千マイル失効してしまう。商品券でも貰っておくかと思っていたところに告知されたのが、国際線マイル2割引キャンペーン。韓国まで通常1万5千マイル必要なところが、1万2千マイルでOKだという。

 これは行かねばと、予約開始日にアクセスしてみたところ、福岡から韓国ソウルの路線を選択できない。この路線は大韓航空とのコードシェア便で、予約できないらしい。しかしページには東京での乗り継ぎダイヤが示されている。え、これって「乗り継ぎ」利用できるということ…? 試しに予約してみれば見事成立!

 もちろんソウルまでの時間はかかるが、乗り継ぎ時には24時間まで滞在OKというので、東京見物できる。大嫌いな飛行機に4度も乗るのは気が重いが、タダならば我慢しようと、この旅が決定した。実際は保険料やら燃料サーチャージやらで1万円近くにはなったが、この値段なら御の字である。

 ここまでJALがしてくれたのだから、嫌いと言っては悪いなと思っていたら、車窓には早くも海に消える道路…東京湾アクアラインが映っていた。東京・羽田。はるばる来たが、今回は単なる経由地だ。




▲飛行機も朝ラッシュ
(地下鉄福岡空港駅)



▲快晴のフライト(福岡空港)


遠い鶴見線の小さな旅

 ただいまの時刻は10時半。午後3時半の金浦行き飛行機までは、5時間ある。2時間前までに空港に戻るとして、3時間の東京フリータイムだ。手ごろな所で、鶴見線に足を伸ばしてみよう。ロッカーが見つからず、重い荷物をゴロゴロさせながら京急に乗った。福岡で手荷物として預けておけば、そのまま金浦まで運ばれたことに気付いたのは、もっと後の話である。

 空港アクセスを担う路線ながら、家並みの真横を高速で走りぬけるのが楽しい京急。蒲田で本線の普通に乗り換え、鶴見下車。駅前広場を歩き、JR鶴見駅の改札をくぐった。

 めざす鶴見線乗り場へ入るには、もう一度改札をくぐらねばならない。大都市圏でたまにある「中間改札」だ。行き止まり式のホームと相まって、私鉄に乗り換える気分である。折りよく到着した電車からは、勢いよく人が吐き出されてきた。3両の電車が行き交い「都会のローカル線」とも呼ばれる鶴見線だが、九州なら福岡以外では2両が当たり前で、およそローカル線には見えない。

 折り返し電車を15分待って、ユラユラと発車。朽ち果てた廃駅のホームを通過し、他線を鉄橋で渡る。古びた高架橋と鉄橋が、大阪環状線を連想させる。ジョイント音を響かせ、ゆっくりしたスピードで走る様は、純粋な通勤路線とは別世界。人気を集めるのもよく分かり、土曜の今日も「乗ることを目的に」来た乗客でいっぱいだ。ただ、普通の乗客は多い。鶴見方面のホームなど、「溢れんばかり」と表現できそうなくらいに。

 浅野駅までにはほとんどの乗客が降りてしまい、通称「海芝浦支線」に入った。ほとんどが東芝工場内を走るという異色の路線で、引込み線に迷い込んだ気分だ。運河沿いを走りカーブを切れば、終点海芝浦。ここも東芝敷地内で駅から出られず、工場勤務時間の今この電車に乗るのは、東芝に用があるつる人か、「乗りに来た」人のどちらかだ。ホームの真下は海で、ダイナミックな吊橋がよい景色のアクセントだが、時が止まったかのようでもある。

 折り返し電車に乗り、分岐駅の浅野で降りた。1971年に合理化が行われ、線内全駅無人化と「信用乗車」方式となった鶴見線。この駅にも改札はなく、「Suica」のリーダーがぽつんと置かれているのみだ。ほとんどが通勤利用という特殊性ゆえ可能なのだろうが、数少ない線内利用者がきちんと切符を買っているのか、興味ある所だ。特に線内を乗り歩くような趣味的な乗り方の場合、ノーチェックではまじめに切符を買うのがばかばかしく…ならなくもないが、1駅1駅、ちゃんとSuicaをタッチしておいた。他の「ファン」も同様のようだ。

 乗り継いだ、扇町行き電車の乗客も多い。扇町駅は貨物駅のようで、ブロック積み駅舎ともども殺風景。Suicaの簡易改札と自動券売機が浮いている感じで、そこがまた魅力のようだ。

 帰路は国道駅で下車。駅側に国道が走っているから国道駅とはストレートだが、もともと私鉄として開業した鶴見線が国道と交わるのはここだけだったのだろう。この高架駅舎がまた古びており、アーチ型の鉄骨がホーム上屋と架線を支える。高架下の時もまた止まっており、木造のラッチ、表札を掲げた飲み屋など、とうてい平成19年の風景とは思えない。

 駅への入り口もまたアーチ型で、壁面は流行だったスクラッチタイル。鉄道好きとしても近代建築ファンとしても、隅々まで観察したい駅舎だ。ちょっと手を加えてやれば見違えるように再生できそうだが、このままの雰囲気で放っておいてほしい気もする。駅の名の由来となっている京浜国道は鶴見側を走っているが、反対側の道には「旧国道」の字も見え、こちらこそが駅名の意とする道かもしれない。

 30分後の電車で鶴見へ戻り、京浜東北線で川崎へ、さらに京急に乗り継ぎ羽田へ戻る。国道から京急の花月園前駅までが至近だったと知ったのは、もっと後の話である。2年ぶりに降り立った川崎は、就職試験の日に前泊した友人宅があった街で、思い出深い。駅前の図書館で、履歴書書きに精を出したのが、つい昨日のことのようだ。いい評価を頂きながらも地元で就職してしまったが、あの時こちらに決めていたらどうなっていただろうと、今でも時々思う。人生の交差点だ。

 


▲私鉄ターミナルのような鶴見


▲ホームの側は海!海芝浦駅


▲タイムスリップ国道駅
シャトル便で近付く3つの1000万都市

 羽田空港に戻り、金浦行き日韓シャトル便に乗るべく、国際線ターミナル行きのバスへと乗り継いだ。国際線の玄関口は日本=成田、韓国=仁川という原則を破ってのシャトル便は、日韓の近さを物語る試みで、ぜひ一度乗ってみたかったのだ。その後、羽田・金浦から上海虹橋空港へのシャトル便も就航していて、シャトル便トライアングルが形成されている。トライアングルの中間の福岡も、仲間に加えて欲しいと思うが、難しい相談だろう。

 羽田発の国際線は多くなく、ターミナルもこぢんまりとしたものだが、搭乗手続きに並ぶ人の列がすごい。JALでマイレージカードも持っているし、自動チェックインできないかなと思ってみたが、乗り継ぎ利用でははねられた。賑やかな韓国語の会話を聞きながら、じっと待つ。

 出国手続き、搭乗手続きもあっさりとしたもので、搭乗待合室へ出てきた。土産屋、売店と基本的なものは揃っており、世話になる人たちへの土産を買い込んだが、何人に会うのか不確定なので、いくつ買うかは大いに悩む。出国前のプレツアーから歩き回り疲れたので、有料待合室にでも入ろうと思ったが、入り口で確認したところ手持ちのゴールドカード「もどき」は提携していなかった。無料じゃないなら退散とはケチ臭い気もしたが、まだ旅の初日、贅沢はできない。

 金浦行きのシャトル便は、2階建てのジェット機だった。国内線では中型機へのシフトが進んでいるが、シャトル便の人気は高いようで、限られた本数でめいっぱいの需要に応える姿勢のようだ。機内の壁には世界各国の名所が描かれていて、一昔前の国際線の雰囲気がある。ここでも窓側の席をリザーブ、どんな景色が現れるか楽しみだ。

 離陸して30分もすると、富士山が雲の上に姿を見せた。周囲から頭一つ突き出た姿は、日本のシンボルにふさわしい。機上からはもちろん、地上からも富士山をまともに見たこともなく、韓国への旅で初めて出会えたというのも、なんだか不思議だ。

 国内線に順ずる短距離シャトル路線で、機内食も質素なものだったが、アルコール類が供されるのは嬉しい。しかもビールは「プレミアム」クラスで、つい何本も手が出そうになるが、今日は酒豪の先輩に会うことになっているので、もったいないと思いつつ一杯で我慢した。

 一眠りしていると、いつしか日本海から韓国上空へ出ており、雲を突き破るとソウル郊外の夜景が見えてきた。残念ながら雨模様だが、渋滞のヘッドライトがきれいだ。着陸ギリギリまで住宅街が続き、途切れたかと思えばもう金浦空港だった。都心への近さを物語る。
 「あら、雨みたいね」
 と語り合う隣のご夫人方に、
 「折りたたみ傘なら、韓国の方が進んでいますよ」
 と、旅の知恵を伝授しておいた。

 金浦の国際線ターミナルは、仁川空港が開港した2001年まで国際空港として機能していただけに立派で、国の玄関口として恥じない。こちらの入国手続きも簡単で、いくつめになるか分からないスタンプが押された。

 両替所もきちんと整備されていて、1万円のキャッシュを差し出せば、予め封筒に入れられていた1万円分のウォンがサッと差し出された。100円=800ウォンを割り、一時は750ウォンさえも切ったレートもこの頃には振り戻し、800ウォンを超えていたのは有難い。ただ今回は手持ちの銀行カードの「国際通貨引き出し」を試すため、両替は1万円に留めておいた。

 携帯会社のカウンターもあり、レンタル携帯を手に入れた。レンタル料金は1日1,500〜3,000ウォンとお安めで、国際ローミングや日本でレンタルしてくるよりははるかにお手ごろだ。日本で予約しておけば予め番号も分かるし、毎度愛用している。

 ついでに国内線のターミナルを覗いてみたが、羽田空港に比べるとだいぶひっそりとしている。日本に比べれば国土が狭いだけに、国内線そのものの需要が少ないということだろう。大韓航空、アシアナ航空の2大航空会社の隅へ追いやられるように、新規参入組の済州航空、韓星航空のカウンターがあったのは、どこぞの国と同じで苦笑いした。外の雨は続いていたので、コンビニで折り畳み傘を購入。ところが柄の部分がすぐに壊れてしまい、「旅の知恵」も万能でないことに気付く。

 


▲憧れのジャンボ機(羽田空港)


▲国際線の気分高まる機内インテリア


▲富士山を超え
初日から朝帰り

 金浦空港からソウル市内へは地下鉄5号線で一本だが、今日会う先輩はソウルと仁川の中間の街・富川(プチョン)にいるので、事前に調べておいた路線バスに乗り込んだ。リムジンなどではない普通の市内バスで、右側通行と乱暴運転のブレーキに韓国を実感。ついさっきまで東京にいたのに、不思議な気分だ。幻だったかのようでもある。

 金浦の街を抜け、50番のバスは畑の中をひた走る。一旦ガラ空きになったが、郊外の街で丹念に乗客を拾えばいつしか満員に。ご老人に席をゆずり、足を踏ん張ってブレーキの嵐に耐えた。都会のバスは案内放送があるので助かるが、車内の路線図と放送のバス停の名前が一致しない所も多く、目食らうこともしばしば。日本でもままあることだ。

 先輩とは富川駅で待ち合わせることになっているので、駅前で降りたいのだが、路線図には富川駅というバス停がない。「富川北部駅」というバス停があるが、電車にそんな名前の駅があっただろうか。しかしそのまま乗っていては次の駅まで行ってしまいそうなので、多くの乗客と共に流れるように降りた。放送でのバス停名は「国民銀行前」。やれやれ。

 降りてから通行人に聞けば、富川駅はすぐそばとのこと。ようやく分かったが、「北部駅」とは「駅北口」に相当する言葉のようだ。日本語と韓国語は漢字をベースにするという共通点があるが故に、細かなニュアンスの違いでは誤解を起こしやすい。かつて京元線の「議政府駅」と共に「議政府北部駅」なる駅が実在していたせいでもあるが、あの駅も日本流に訳せば「議政府北口」駅だったのかも。日本にも西宮北口駅なんて例があるし、不自然ではないと思う。

 閑話休題。富川駅は駅ビルを構えた立派なターミナルで、ショッピングセンターの「Eマート」も備えている。繁華街にも近く、待ち合わせの人で駅前は大賑わいだ。日本では珍しくないかもしれないが、都市鉄道は地下鉄がメインで、「汽車」にしても中心部と駅が離れていることが多い韓国では、都市型の駅前風景というのはあまりない気がする。国鉄の公社化以降、駅ビル開発には熱心で、今後増えていくかもしれないが。

 駅前でだいぶ待たされ、権先輩と半年振りの再会。住んでいるアパートも近いとのことで、まずは荷物を置きにお邪魔した。権先輩はゼネコン勤め1年生で、富川にいるのもここに現場があるから。現場とともに住所が変わるあたりも、日本のゼネコンと同じだ。ただ、(日本流にいえば)六畳一間のアパートに男3人暮らしというのも、何かと大変そうである。

 ルームメイトも連れ出し、夜の富川の街へ繰り出した。まずは、ちょっとした屋台風の焼肉屋で乾杯。最近忘れかけている韓国語だが、韓国の空気に触れ韓国焼酎を煽れば、勢いで言葉が出てくる。雰囲気も純韓国、1日目の夜にふさわしい。2軒目はビール会社直営のビアホールで、新鮮な生ビールを味わった。

 3軒目は、韓国留学1年の間、さんざん話だけは聞かされ行ったことがなかった「ナイトクラブ」に初潜入。「ディスコ」と訳すべきか「クラブ」とすべきか、日本でどちらも行ったことがないので分からないが、DJのリズムに合わせて踊れ、席にいる男同士の客にはウエイターが女性客をお連れしてくれる…という出会いの場でもある。ナイト側と契約して、男にじゃんじゃnおごらせるだけの女性グループもいるとか。駆け引きも試されるのだ。

 10時ごろに入店した時にはガラガラだったが、0時を過ぎればホールが若い熱気で溢れた。連れられて来た途端に席を立たれる「こんにちは、さようなら」のグループも多いが、いちいちへこんでいられない。空気を読み場を盛り上げる、男としての実力が試される。
 「コイツ、何人に見えるよ?」
 と、権先輩は僕をダシに雰囲気作りに努め、
 「え、何いってんの韓国人でしょ。日本人なら日本語話してみてよ」
 「コ…コンニチハ」
 「またまた〜!日本人の発音はこんなんじゃないわよ」
 などと言われヘコみつつも、何組かと話が盛り上がった。首都圏の女性は発音がはっきりしていて方言もないので聞き取りやすく、会話らしい会話になるから楽しい。韓国のヒットソングに乗せ踊りもしたけど、日ごろ踊ることもなく、さぞかし怪しい動きになっていただろうと思う。

 連絡先を聞いた人もおらず先輩らにとっての成果はなかっただろうが、個人的には異文化交流を充分楽しんで、3時頃に退散。3人で3万円以上になったのだから、それなりにいい値段ではある。また行ってみたい気もするが、誰かに連れられなきゃ無理だろうな。

 うさばらしのつもりかカラオケボックスで熱唱して帰れば、もう5時。1日目から燃え尽きてしまった。

 


▲私鉄駅のような富川


▲ナイトは今夜も大盛り上がり


▲カラオケには日本の曲もいっぱい

▼2日目に続く

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