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旅名人きっぷで九州再発見
その1
さよなら島原鉄道・ちょっと昔の旅[後]

キハ20系に揺られちょっと昔の旅

 およそローカル無人駅らしくない、高架の安徳駅から再び下る。やってきたのは、国鉄標準色のキハ20系。通常、南目線と呼ばれる南島原〜加津佐間の運用はない気動車なのだが、廃止を前に週末には特別運行が行われているのだ。しかも国鉄の標準色、首都圏色、島鉄の急行色が揃っていて、ファン心をくすぐる。もっともJR世代の僕は標準色を見るのは初めてで、懐かしさとは無縁だ。
 しかし車内は、もはや本家JRではめったに見られなくなった、昔ながらの汽車風情を楽しめる。重い手動の扉を開ける感覚、ほとんどがボックスシートの車内、木の窓枠。ワンマン全盛の中で、無人駅から乗った乗客に車掌がまわってくるのも今や新鮮だ。
 これで窓を開けて風を感じられたらと思うが、バス用クーラーを備えており、かなわなかった。日常の利用者もいるのだから、まさか切れとは言えまい。高校生の頃は、非冷房のデッキ付き準急形気動車が残っており、ガラ空きの車内で潮風を浴びながらの旅は最高だったものだ。

 車内は、一目で鉄道ファンに見える男性でいっぱいだ。沿線のカメラの放列も半端ではなく、乗って楽しい、見て楽しい最後の力走だ。仮に沿線の人や観光客だけだったらガラ空きだったろうし、効果絶大な観光資源である。部分廃止後は新型車だけでも充分運用を回せるだろうけど、1両だけでも残せば、その先の経営にもプラスになりそうだ。
 近代的な高架の災害復旧区間を過ぎれば、のんびりした、ありふれた、でも貴重になってきたローカル線だ。車両は国鉄型だが、線路に迫る家々や最小限の駅の敷地は、まぎれもなく私鉄。委託駅員のいる駅もあり、温もりを感じられる。駅員のいる駅は以前はもっと多く、車掌も乗務してなお黒字だったのだから、たいしたものだ。

 路線は平坦で、だからこそ非力なキハ20でも問題なく走れるわけだが、海と田園、時に小さな街が混じる車窓は、適度に変化に富んでいて飽きさせない。国道の車にはスイスイ抜かれてしまい、沿線はジャスコやジョイフルが立ち並ぶ、九州の平均的な田舎だ。よくぞ災害時にそのまま廃止にならず、部分運行しながら生き残ってくれたと思う。
 原城駅では、交換列車待ち合わせのため小休止。駅前の自販機で飲み物を買い、同じく適度に乗っている列車と行き違った。数十年前とはいわないが、ちょっと昔を旅している気分になってきた。

 さて、この路線も以前に全区間乗っているので、なにも血眼になって「全線走破だ!」なんて意気込むこともない。そこで名前に惹かれて、終点のひとつ手前の白浜海水浴場で降りてみた。
 片面ホームの古びた無人駅から海岸までは、ほんの数分。今年の長く暑かった夏、汽車で海水浴に来た人は、どれくらいいたのだろう。松林を抜ければ、誰もいない白い砂浜。しばらくぼけっと過ごした。

 海水浴場前には瀟洒な南欧風の建物が並んでいた。よくできたラブホかな、それにしては大きいよなと思い近づいてみれば、これがなんと市営住宅。デザインだけでなく団地計画自体もよく考えられており、普通の団地よりももう少し濃密なコミュニティを狙ったものだと推測した。
 のちほど海岸側では、擬洋風建築の洋館を模したような市営住宅も見ており、南島原市に合併前の旧口之津町は、ココロある建設部を持っていたようだ。合併効果を活かし、ぜひ市内他町でも腕を発揮してほしい。

 20分後の上り列車に乗り込み、今度は口之津町の中心、口之津駅へと向かった。
 
 


▲高架駅と旧型気動車もミスマッチ


▲実はかぶりつきも楽しめる


▲無人駅を離れるキハ20
バスと徒歩で瀬詰崎を一周

 口之津駅は、鉄道・バス・船を広く手がける島鉄の交通結節点。駅から道を挟んで、天草方面のフェリー乗り場とバス待合室が並ぶ。もっとも、鉄道は撤退間近ではあるのだが…
 口之津町では、九州遺産にも指定された口之津灯台へ行きたい。歩けば1時間近くかかりそうなので片道はタクシーの世話になろうかと思っていたが、ちょうど2時間に1回しかない早崎循環線のバスがあり、乗り込んだ。
 早崎循環線には「内回り」「外回り」のように運行されているが、このバスは早崎の集落を先に回る遠回りパターンのバスで、さっき降りた白浜ももう一度通ることになった。時間もかかるし、はずれくじを引いたようだと一瞬思ったが、海を見ながら半島の集落を回ってくれて、ラッキーだったかもしれない。特に早崎の集落ではとんでもない細道に入り、運転士の腕に感嘆した。

 その名も「灯台入口」で下車。運転士さんに灯台の場所を聞いてみれば、難しい道でもないのに1分近くにわたって、丁寧に教えてくれた。
 実際難しくなく、バス停のそばのガードレールに沿って農道を上れば、あとは一本道だ。畑地が山の上から海岸に向けて緩やかに続き、静かな海には天草の島々が浮かんでいる。離島にでもいるような、平和な海。この景色だけでも、ここで降りてよかったと思えるほどだ。
 灯台へ続く道は畑の中のあぜ道で、訪れる人も少ないことが分かる。今でこそのどかな口之津だが、三池の石炭を運び出していたころから海を見続けた、歴史の証人でもある。レンガ造ながら真っ白で、畑の中で気品よく、しかし重要な任務を果たしてきた自信ありげにそびえていた。

 来た道を戻り、海沿いを目指せば赤いアーチ橋に出会った。渡った所にあるのが、海の資料館だ。この建物も元をたどればなんと税関で、今の口之津だけを見ていれば信じられないが、確かに重要な拠点だったのだ。展示品も誇り高き玄関口・口之津港の歴史を伝えるもので、栄華の一方、東南アジアに渡った「からゆきさん」の展示も大きく占めていた。バスで通り過ぎたばかりの「おこんご」なる地名も、ただものでないと感じていたが、花街だったそうだ。
 さらに20分以上歩く。暑い中、よく歩いた。

 口之津から、ふたたび島原方面へ。車両は、新型キハ2500系だった。色も形もJR九州のキハ125系そっくりなのだが、こちらは当初からトイレ付きで、車体が長くて座席も多い、優しい車両だ。すわり心地も、こちらが幾分良く感じる。大きく描かれた島原の子守唄のペイントも可愛く、沿線でも親しまれている存在だと確信できるが、ここでは間もなく見納めだ。
 南島原駅で下車。車両基地もあるこの駅は、駅舎も古く、「南島原驛」と旧字体で書かれた看板がお似合いだ。駅から少し島原方に歩けば、船着場の側を単線の細道が通る、島鉄の名撮影地もある。南島原駅もこの線路も、来春以降も変わらず残る。半分近く廃止となる島鉄だが、魅力半減というわけではない。



▲灯台への道


▲平和な海を見守る灯台


▲この先も続く風景
島原の街を歩き、駅前温泉で締める

 南島原駅から島原市街地は大した距離でもないので、歩いてみることにした。南島原駅からほど近くにあるのが、浜の川湧水。名水100選にも選ばれているここは、地元の共同洗い場になっていて、夕方になると洗い物を持った近所の主婦で賑わう… らしいが、夕方というのにいるのは水汲みに来た兄弟だけだった。湧水口から、水を口に含んでみる。まろやか…
 きれいな水がじゃんじゃん流れる「鯉の泳ぐ街」を抜けアーケード街へ出ると、ビルの側にも池と鯉が。アーケードそのものは全国共通で、日曜というのに恐ろしく静かなものだったが、水の音だけが地域性を伝えていた。

 40分ほど歩き、お城風駅舎の島原駅に到着。全国にお城風の駅舎はあるが、ここは本当に城かと見紛うほど立派で、重厚だ。島鉄一のターミナルにふさわしく、乗客も多い。今までの他の駅に比べて、ではあるけれど…
 17時50分発の急行列車で、島原を離れた。上りは1日2本のみの急行だが、「しまばら号」の立派なヘッドマークを掲げ、看板列車であることを主張していた。早いだけでなく、きちんと普通列車を続行させて非停車駅の利便も図っている。
 島原から3駅目の、大三東(おおみさき)駅で下車。日本一海に近い駅の異名持つこの駅、反対側のホームから見ると海に浮かんでいるようだ。夕方のこの時間、対岸の街と漁船に明かりが、幻のように灯り始めていた。

 続行の普通列車(こちらの方が混んでいた)で、次の湯江駅へ。降りるとすぐ目に飛び込むのが、有玉温泉の文字。駅前も駅前、列車のドアから温泉のドアまで、1分かからない位置にある駅前温泉だ。九州では「海のものならマルマサ」のCMでも同じ、マルマサが運営する温泉である。
 300円払い、さっそくお風呂へ。ちょっと黒色かかったお湯は、馴染むと肌がしっとりしてくる感じ。ツルツル系とはまた違う、美人湯といえそうだ。洗い場があるだけのシンプル温泉だけど、浴槽は広くてのんびりできる(ちなみに女湯は倍以上広いらしい)。ただお湯の中で、バチャバチャとタオルを洗うおじさんが多いのは、あまりいい気分じゃなかった。

 汽車で温泉に来た者の特権、缶ビールを飲干しつつ、次の列車へ乗り込む。この間わずか38分だったが、充分くつろげる時間があるのは、駅前温泉ならではだ。北目線は本数も多いし、途中下車しての温泉は汽車旅派にお勧めだ。
 そして次の列車が、キハ20の首都圏色だったのは予想外の喜び。この時間になってもファンの姿は多く、さすが3連休だ。それぞれに、夜のローカル線の旅を楽しんでいる。秋分も過ぎれば8時ではすっかり闇の中で、車窓の楽しみはなくなってしまったけど、またいつか来よう。

 諫早から特急に乗ればあっという間に帰れるけれど、今回は普通列車限定・旅名人きっぷの旅。福岡まで3時間かけて、普通電車で帰る他ない。あまり本数の多くない、長崎本線経由の肥前山口行き普通電車は4両編成。平日はそこそこ混むのだろうけど、休日では部活帰りの高校生くらいしか乗っておらず、食料を買い込んできた身にはありがたかった。
 白いかもめと同じく黒皮張りのシートが豪華な817系電車だが、すわり心地は天地の差。姿勢を時々変えつつ、読書の時間にあてた。日ごろはなかなか本を読む時間も持てないだけに、こんな時間は逆に活きてくる。

 21時30分、肥前山口着。コンビニで買出しの後、今日最後の列車は、博多まで直通の普通電車。415系のロング車だったが、たまに通勤で使う下り電車の肥前山口折り返しということは時刻表で分かるので、覚悟はしていた。永遠に続く通勤のような気分で、福岡へと舞い戻る。
 さて残り2枚、使うのはいつになることやら。



▲浜の川湧水。周囲の家も歴史感じる


▲海に浮かぶ大三東駅


▲駅前温泉の中の駅前温泉
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