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ゆっくり、飲みすぎ 韓国ゴールデンウイーク
1日目 KTXを歩く

荒れる玄界灘を越え

 2006年5月2日。博多発、釜山行きジェビ2世号は、3mの波と戦っていた。船はこの4月に就航したばかりの新造船で、近年のJR九州の流れを汲む、明るくナチュラルでいい雰囲気のものだ。しかし前後へ揺さぶられる船内には、波が船底を叩く音が怪しく響き、げっそりと「船酔い袋」を手放さない乗客も少なくない。ここまでの苦労をしてまで、なぜ皆、韓国を目指すんだろう…。そんな思いがよぎる。3時間余りの地獄の旅に、黙って耐える。

 今日の天気予報は「海上は荒天」、発券カウンターに行けば「本日の波3m、非常に高い」との掲示が出ており、博多港の免税店では「今日の航海は引き返しの条件付運行ですので、レシートはなくさないで下さい」と念を押される始末。こんな航海は、個人的には覚悟の上だった。

 しかも、ビートル&ジェビ&コビーの3社で運行する日韓高速船は、今年に入り3度も鯨との衝突事故を起こしていて、そちらも不安だ。ビートル&ジェビは警戒のため減速運航を行っており、30分ほど余計に時間がかかるようになった。未来高速のコビーは定時で走っているが、優先すべきは時間より安全だ。荒天で、さらに時間は遅れる。

 時間はかかったが、鯨への遭遇はなく、ようやく陸が見えてきた。海上の天気が嘘のような、晴天の釜山の街だ。毎回韓国の玄関として使っている釜山港だが、山の上にまで団地が連なる港町の風景は、異国に来たことを感じさせてくれる。

 緊張感ゼロの簡単な通関を終え、地下鉄の中央洞駅へ歩く。この間は距離があり大荷物だと苦労するが、今、国際ターミナル付近に京釜線の釜山港駅を設ける構想が進行中だ。日本統治時代の釜山駅はその位置だったそうだから厳密には「復活」だが、船と列車の乗り継ぎ利用は格段に便利になるに違いない。

 釜山駅の3階きっぷ売場で、「ビートル&KRパス」のバウチャーと、「KRパス」の本券を引き換える。KRパスの利用は3度目で、5年前には戸惑われることが多かったが、年々扱いがスムーズになってきた。なにせ、このゴールデンウイーク、「ビートル&KRパス」だけで372枚も売れているのだ。日本人にとって、韓国鉄道もすっかり身近な足になりつつあるようで喜ばしい限り。

 ちなみに以前は、博多〜釜山間のライバル会社・未来高速も同様の「コビー&KRパス」を出していた。その中でも25歳まで限定のユース券が5日間用で2万円と格安で、昨年夏はこれを利用したのだが、未来高速とJR九州高速船の業務提携の陰で、ひっそりと消え去った。5千円高い「ビートル&KRパス」のノーマル券を利用せざるを得なくなったのに、更に追い打ちをかけて原油価格高騰で値上げ。今は2万8千円になっている。就職したからいいようなものの、学生時代だったらこの8千円の差は大きかったろう。



▲美しく快適な船内。しかし…


▲荒れる海越え釜山に漂着
KTX独立駅を行く

 旅行中に使う指定席券も無事にゲットし、駅舎内のフードコートでチャジャンミョン(ジャージャー麺)を腹に納めて、KTXに乗り込んだ。車内中央を境に、前向き・後ろ向きの座席が向かい合う「集団見合い型」の室内レイアウトは相変わらずだ。前向き座席に限れば、ほぼ満席。開業当初は少ない乗客に悩んだというKTXだが、最近ではガソリン価格の高騰もあって増加傾向にあるとか。あるいは韓国の鉄道利用者も、スピードの魔力にかかり始めているのかもしれない。

 東大邱まではおなじみの在来線を上り、大邱市内を抜ければお待ちかねの高速新線。300kmのスピード感に胸がすく思いだが、徐行する区間も多い。大田市内では再び在来線に戻ってしまい、なかなか高速鉄道の本領発揮とはいかないのが残念だ。九州新幹線全通のころには、こちらの新線も延長されるはずで、その頃には名実共に「全国半日生活圏」が完成することだろう。

 車内販売も様変わりで、コーヒーでも飲もうかと車内販売に声を掛けてみれば、3,000ウォンというからびっくり。韓国鉄道といえば、インスタントコーヒーにお湯を注いだ1,000ウォンのコーヒーが定番だったが、KTXではちゃんとしたUCCのレギュラーコーヒーが供されるのだ。クッキーが付くとはいえ、日本人にとってもなかなかの高値。多少値が張ってでも、よい物が求められるようになってきたのかもしれない。濃いコーヒーが好みの僕にとって、味はやや不満だったけど。

 再び新線に入り、日本と変わらぬ田園風景を突っ走れば、ソウルは目前。しかし今回はその手前、ソウル南部の衛星都市「光明」(クァンミョン)で下車してみた。ほとんどが在来線駅に併設されているKTXの駅の中で、数少ない存在の「KTX専用駅」の様子を見たかったのだ。

 この光明駅、とにかくスケールがすごい。上下線に2面4線のホーム、さらに通過線と留置線まで持ち、それらが地下2階のホームから地上2階まですべて、すっぽり大きなドーム状の屋根で覆われているのだ。日本のどこかで見た駅、という感覚からは大きくかけ離れており、まさにヨーロッパ的雰囲気。駅舎も空港のようだ。ただし省力化は徹底しており、切符売場は駅の規模に比べればはるかに小さく、自動改札には駅員がいない。KTXしか発着しないという単純な駅だからこそ、なせる業だろう。

 駅前に出てもこれといったものはないが、近隣の電車駅とを結ぶシャトルバスが10分間隔で走り、駅前の駐車場は車でぎっしり。従来の駅とは異なる、そして日本の郊外の新幹線駅と同じような使われ方をされているようだ。開業当初は利用客が少ないことを叩かれ、当の鉄道公社まで「国に押し付けられただけの駅で、当社としては廃止したい」などと言っていた光明駅だが、この日見た限りでは決して少なくない利用者だ。これまで韓国になかった鉄道利用スタイルが、定着してきたと見てよいのかもしれない。




▲車内販売コーヒー3,000ウォンなり



▲壮大な光明駅
複合駅名

 後続の上りKTXに乗ればソウルはすぐそこだが、下りKTXで引き返す。もう一つのKTX独立駅、天安牙山(ハングル書きでは「チョナン・アサン」と中黒が入る)を訪ねるのが目的だ。光明と天安牙山の両駅に停まるKTXは少ないが、この間に在来線区間はないので早いことこの上ない。74kmの区間を、ものの20分で走りぬいた。

 天安牙山駅は通過線を持つものの、ホームは上下1本ずつと、田舎の新幹線の駅に似た雰囲気だ。ファン的に楽しいのは、300kmで全力疾走するKTXを間近で見ることのできる唯一の駅であること。後続の通過列車が通り過ぎるのを待って見たが、すごい迫力だ。一応駅員さんに断ってから見たのだが、日本人の訪問を特にめずらしがっている様子はなかった。日本の「鉄」も、ずいぶん訪れたのだろう。

 2つの地名を合体させた駅は韓国初でないかと思うが、当初天安を通る予定で「天安」駅として予定されていたのに、ルート変更で牙山を通ったため、痛み分けとして複合駅名となった経緯がある。日本の安中榛名や燕三条のようで、高速鉄道の駅勢圏の広さを物語る駅名とも言えそうだ。市境付近ということで、駅前はのびやかに緑が広がり、市内へのバスとタクシーが、暇そうに客待ちをしている。現在、近傍を走る長項(チャンハン)線を電化の上、この駅の真下へ移設する工事が着々と進行中。開業の暁には、ソウル地下鉄へ直通の広域電鉄(郊外電車)が走り始めることになっている。こののどかな風景も、数年後には一変するに違いない。

 ちなみに天安牙山には、さらに「(温陽温泉)」の括弧付き地名まで連なっている。牙山郡と温陽市の合併で生まれた牙山市だが、旧温陽市域の市民に配慮した…のかどうか。その温陽温泉までは今のところバス連絡で、850ウォン也の市内バスに乗り込んだ。バスの案内板では、「天安牙山駅」でなく「KTX駅」と案内されている。単純明快、地元の人間には一番分かりやすい。

 このバス、運転士はおばちゃんだった。福岡ではごく当たり前になった女性バス運転士だが、韓国で見たのは初めてだ。女性だから優しい運転、というわけでもなく、おじちゃん運転士ばりに幹線道路をぐんぐん飛ばす。懐かしいこのスピード感。車窓からは建設ラッシュの様子が見て取れ、KTX、長項線電化の2大プロジェクトをバネに、牙山は一気に「首都圏」へと脱皮を図ろうとしているようだ。
 温陽温泉駅前に到着。これまでの「汽車駅」然としていた現行の地上駅舎の裏手に、高架の「電鉄駅」を建設中だった。




▲新幹線駅のような天安牙山


▲天安牙山駅(温陽温泉)
のんびり露天風呂

 時間はまだ6時だが、泊まる場所探しを始めた。駅付近で見つけた「清州温泉ホテル」(温陽にあってなぜ清州?)が3万ウォンとまずまずの値段、しかもフロントで券を貰えば温泉無料とあって即決。日本の感覚では当たり前だが、韓国では宿泊客でも半額程度の入浴料が必要な場合が多いのだ。ドアを開けて早々に、広すぎる部屋のベッドに倒れこむ。なんせ、昨日の夜まで仕事に追われ、行けるかどうか直前まで分からなかった旅。遅寝早起きもたたり、ちょっとぐったりだ。今回の旅のコンセプトに「のんびり」を付け加えたのは、このためだった。

 このまま寝たい気もするが、腹も減っているので一発奮起。まずは、明日の全州(チョンジュ)までの切符を求めに、駅へ出た。さすがに地方へ来るとKRパスの扱いにも不慣れで、「すいません、滅多にないものだから」と女性駅員は恐縮。「どこに行っても、こうですよ」と慰めると、やや間を置いて、「あら、そうですか?」と表情が明るくなった。

 駅前をぐるぐる回って物色、客はいないのに忙しそうな食堂で「ユッケジャン」を夕食にする。どうやら夜は出前メインになるようで、うどん屋である僕の実家と似たようなものか。道順を聞いて駆けずり回るバイト君に、親近感を抱く。主人の息子だろうか。

 市街地は普通のビル街だが、ところどころに温泉サウナやホテルがあり、風情がないながらも温泉街であることを伺い知る。ガイドブックを鵜呑みにするより新しい場所を開拓したいので、新しい温泉施設を見つけ「ここって露天風呂とかあります?」と聞いてみたのだが、「いえいえ、普通のサウナみたいなものです」。のんびりできる温泉に浸かりたいので、ガイドでも評価の定まっている「温陽温泉ホテル」へ足を運んだ。

 お湯は韓国で何度か入った覚えがある無色無臭の温泉で、特徴はないけどクセもなくて入りやすい湯。半地下の露天風呂もいい雰囲気で、出たり入ったりしながら、昨日までの疲れをゆっくりほぐした。韓国に1年住みながら一度もやらなかった、アカスリも初体験。気持ちよさに目をつぶっていたので定かではないが、かなりの垢がそぎ落とされたはずだ。首から下、「ブツ」以外はすべてゴシゴシされるので気恥ずかしくもなかったが、全身脱皮したような感覚はくせになりそう。1万2千ウォンと韓国にしてはやや高めだったが、日本に比べれば安い。韓国旅行の度の楽しみにしておこう。

 市街地は平日の夜で賑わいは薄いが、それでも日本にある同規模の地方都市に比べれば明るい。夜の街歩きも楽しそうだけど動く気はせず、9時のMBC「ニュースデスク」を見ながら久々の韓国ビールを空け、10時には眠った。




▲電鉄乗り入れ工事進む温陽温泉駅


▲バタッ

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