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四国3日で3県(棉棔組幡浜〜高知
別府〜八幡浜 サポーター船


みなとラーメンの温泉

「青」のユニフォームだらけの船内

 大分ビッグアイでワールドカップ2戦目が開催された6月13日深夜、僕は別府港前のラーメン屋「みなとラーメン」で友達と二人、ラーメンをすすっていた。別府港から四国へと旅立つ前に、わざわざクルマで送ってくれた友達にお礼がてら、軽く腹ごしらえ・・・ というわけだが、目的はそれだけではない。

 「じゃ、並2杯と温泉で1200円」

 そう、このお店は別府ならではの“温泉があるラーメン屋”なのだ。駐車場の裏手にある、手作り感いっぱいの小屋がその温泉。裸電球が1つ灯るだけで、まるで山小屋のお風呂のようだ。お湯の質もなかなか上等で、いい温泉に出会えたと大喜びしたのだった。

 宇和島運輸ターミナルで友達と別れ、四国旅のスタートをきった。明日金曜日は大学の「出勤日」だが、研究室配属以来、無欠勤で頑張ってきたのでお休みを頂いている。つごう金・土・日の3日間で、ぐるりと四国の徳島以外の3県を巡る計画だ。

 ターミナルビルには、ビッグアイから帰ってきたサポーターたちが集まってきていた。もっとも試合終了は10時半近くで、11時55分の夜行便に間に合うために、少し早めに切り上げてきたはずだ。「おそらく満員にはならないでしょう。臼杵発の臨時便は混んでいるはずです」とは船員さんの弁だ。

 この宇和島運輸・別府〜八幡浜航路は、早朝に到着する便でも5時まで船内休憩できるので、宿代わりとして利用価値は高い。だがネット予約や割引券で3割引、4割引はあたりまえの瀬戸内航路にあって、特に目立った割引の見当たらない航路でもある。それでも探し回った結果見つけたのが、ローソンの端末「ロッピー」の予約割引。時期によって異なるが、200円程度の割引にはなる。ちなみに今回は1420円だった。

 ロッピーのバウチャー券を乗船券に引き換え、船に乗り込むと、サッカー帰りの人が続々に乗ってきた。まだ興奮冷めやらぬ感じで、試合を伝えるテレビニュースに見入っている。本当に世紀のイベントが大分で開かれたんだと実感。

 そんな活気ある船室を出て、デッキから夜景を眺めつつ、別府を離れた。湯上りの体に、潮風が心地よい。お腹もいっぱい、四国旅は順風満帆のスタートだった。

 

八幡浜〜窪川 清流沿いの生活列車


八幡浜着

宇和島城

四万十川と沈下橋

 午前3時前には八幡浜に着いてしまったが、約束通り5時前まで船内で眠らせてくれた。それでもまだまだ朝は早いが、こんな早起きも旅ならではという気もする。窓の外には、山の上まで続くみかん畑。四国・愛媛にやって来たと実感する瞬間だ。

 覚めやらぬ街を、八幡浜駅へ40分ほどかけて歩く。同じようなサポーターもいたが、今日はこれから会社か学校なのだろうか、ご苦労なことだ。八幡浜駅のみどりの窓口は早朝から営業していて、さっそく「四国再発見きっぷ」5,500円を購入した。

 このきっぷは青春18きっぷの四国限定バージョンのようなもので、四国内の普通列車が5日、乗り放題という格安きっぷだ。18きっぷと異なるのは通年販売で、有効期間3ヶ月のうちの任意の金・土・日に使える所。今回は3枚使うことになり、3ヶ月以内に残りの2枚を使うことはないだろうが、それでも充分モトはとれるだろう。

 第一走者となる八幡浜〜宇和島間の普通列車は、キハ54系のワンマンカー。ロングシート、トイレなしで旅を楽しむには不向きな車両だが、それは覚悟の上だ。もっともこのあたり、結構な流動はあるようで、元特急型のキハ185系を使った2両編成の普通列車も走っていた。この列車も発車の時はガラガラだったが、やがて通学の高校生で満員となった。

 朝7時、ヤシの木が出迎える南国ムードの宇和島駅に着いた。乗り継ぎの列車まで2時間半ほどあるので、駆け足観光だ。まずは歩いて20分ほどの歴史資料館を目指したが、見つからず残念。

 引き返すと中心街のアーケードへ出た。けっこう大規模なアーケードで、真ん中は自転車の駐輪スペースとなっていた。そして、アーケード内を自転車に乗ったまま通行できるというのも驚きだったが、四国のアーケードはそれが基本であることを後々思い知ることになる(アーケードと自転車については、研究ページにも載せています)。

 アーケード街から外れ、宇和島城へと登頂。この周辺は1ヶ月ほど前に車で通ったのだが、その時は城の存在などまったく気付かなかった。やっぱり歩かないと街の真価は分からない。市街地とは思えない、うっそうとした森の中の石段を登っていった。

 登りつめたのは朝8時半で、開城の9時までは間があるが、時間もないので特別に入れていただいた。当時からの木造そのままの城で、昭和30年代の棟梁による修復工事の様子を展示したコーナーに、興味を引かれた。天守からは海や市街地を一望で、しばしの殿様気分を味わう。

 それにしても、八幡浜や宇和島は思っていたよりもずっと活気のある街で、僕の認識不足を思い知らされる。第二国土軸の豊四海峡大橋計画を「バカげたことだ」なんて考えていたが、大分とこの地域周辺が結ばれれば、また新たな交流が生まれるのかもしれないと、認識を新にした。全面賛成、というわけではないのだけれど・・・

 城から降りて、宇和島に来た記念に駅前郵便局で旅行貯金を済ませたあとは、再び鈍行列車の旅の再開だ。予土線・窪川行きはまたキハ52系のワンマンカー。乗客3人をのせて、静かに宇和島を離れた。

 宇和島を離れるにしたがって地元の方が次々と乗りこんできて、車内は満員近くなってきた。旅行者風の人が一人いるだけで、あとはほとんどが地元のお年寄り。20代の乗客などおそらく僕くらいなものだろうが、平日昼前のローカル線はこんなものだ。

 車窓を飾るのは、「最後の清流」こと四万十川だ。解禁されたのか、アユ釣りに精を出す釣り人をあちらこちらに見かけた。江川崎から先は鉄道公団が建設した高規格路線で、このあたりもいい車窓なのだが、列車のスピードは今までがウソのように上がった。

 土佐くろしお鉄道との接点、若井の手前の信号所でしばし停車。中村方面の特急列車と行き違えば、終点・窪川は近い。

 

窪川〜高知 紙の町から路端電車で高知へ


土井邸の外観

小さな庭もいい雰囲気

裏道を行く土電

 窪川から乗り継ぐ普通列車がなかったので、須崎まで1駅、特急「南風」に揺られた。もちろんこの間は別料金で、「N2000系」の快適な乗り心地を味わった。隅々にまで振子列車の特急ネットワークを広げているのも、JR四国の特徴のひとつで、今度来るときには、特急乗り放題のきっぷで旅してみたい。ときどき、太平洋の海原が車窓を飾った。

 須崎には、キハ52系よりも小型のワンマンカー・キハ32系が待っていた。車内の様子は相変わらずのんびりだ。目的地の高知を前に、伊野で下車。ここからは「とでん」へ乗り換えだ。

 「土電」こと土佐電鉄は、高知市と周辺市町にまで足を伸ばす路面電車。その西側のターミナルがここ伊野町だ。次の電車まで時間があるので、観光地図に書いてあった「土井邸」へ行ってみよう。伊野終点から、昼から活気のある商店街を抜けた先に、土井邸はあった。

 目立たない位置にあった見学自由の札を見つけて中に入ると、管理のおばちゃんが出てきていろいろと案内してくれた。なんでもここ伊野は紙で栄えた町で、今でも「やっぱり紙は伊野が一番」と買い求めに来る人もいるそうだ。そんな紙の問屋として繁盛していたのがこの土居邸で、その栄華を映すかのような贅沢な邸宅だ。

 邸宅といっても面積はごく狭く、敷地いっぱいに建っている。敷地も台形で、その形状がそのまま部屋に反映され、斜めの畳が敷かれているのが面白い。天井板も一枚もので、柱や床の材質もよく、築後100年を経たにも関わらず傷みが見られないのは、材と手入れの良さが成せる技だろう。

  裏の庭も狭いながら手入れが行き届いている。便所は離れになっていて、渡り廊下を通る度この庭を見ることになり、そのたびに気持ちよかったことだろう。管理のおばちゃんに、地元の方も交えて語らいの時を持つこともできて、乗り換えで見つけた思わぬ「掘り出し物」だった。

 1本遅らせた土電に乗りこんで、高知の市街地を目指す。市内までは400円だが、初乗り運賃は100円で頑張っている。初乗り区間といっても電停4〜5個分はあり、ちょっとした移動に便利だ。昼間の郊外電車にしてはよく利用されていて、JRの都市圏輸送がワンマンカーで済む程度なのは、土電に負う所が大きいのかもしれない。

 そして土電の郊外区間のロケーションはすごい。伊野からしばらくは道路の端を走り、これは名鉄美濃町線でも見られる形態だ。しかし1本それて裏道に入ると、そこは驚くべき世界。普通の二車線道路より少し広いかな? という程度の道幅に、道路と電車の単線が走っているのだ。

 もちろん軌道敷内の自動車の通行もできるので、電車がいない時に車は普通に通行できる。しかし伊野行きの電車は、右側通行のごとく走っているのだ。伊野行き電車が走ってくるとき、車は一体どこに逃げているのだろうか? さらにこの道路にはバスまで走っているのだから、もう何が何だか・・・ 事故がないのが、不思議なくらいだ。

 高知市内に入れば、広い道路の真ん中を走る普通の路面電車になって、なぜか少しホッとした。高知の繁華街・はりまや橋で下車。乗り換えなしで都心に直通できて、なかなか便利な乗り物だと思う。

 はりまや橋のバス案内所にて、電車の1日乗車券を購入。市内均一区間のみ有効で660円。4回乗車でモトが取れる計算だが、この区間内の観光地といえば高知城くらいで、しかも昼間の桟橋線は特割の100円運賃だから、普通の観光客にはあまり利用価値はなさそうだ。

 はりまや橋電停に戻り、高知電車観光のスタートだ。

 

高知&南国市内 土電に完乗・たたきを堪能

 

高知城

大賑わいの「ひろめ市場」

ごめん・なはり線を待つ御免駅

鯖のタタキを味わう

 高知城前電停で降りて、高知城へと向かう。6月といえども真夏並で、じりじりと暑い中を汗をかきつつ登頂。宇和島城よりも優美な印象を受けた。暑くなった体を、高知名物「アイスクリン」で冷ます。200円は観光地価格だろうが、素朴な味が口いっぱいに広がった。

 ところでこの時は、日本がワールドカップ初の決勝トーナメント進出を賭けたチュニジア戦が行われていた。来たときには、わざわざ高知に来たのだから無関係に旅を続けようと考えていたが、街の至る所からラジオの声が聞こえ、女子高生たちもポケットラジオに耳を当てては歓声を上げている。世紀の瞬間が近づいていることが「にわかファン」なりに気になり始め、どこかで中継をやっているのではないかと繁華街の大橋通へと向かった。

 そして見つけたのが、食品店にお土産屋、そしてフードコートが集まった「ひろめ市場」だった。ただならぬ熱気に入ってみればやはり。大画面で生中継をやっていて、ぎっしりと人が集まっていた。試合はちょうどハーフタイム。まだ0−0の同点で、生ビールを飲みつつ後半戦を見守ることにした。

 後半戦が始まれば、押しも押されぬ大賑わい。ギュウ詰めでは冷房なんて効くはずもなく、僕も汗びっしょりになってきた。男子高校生の盛り上げ方がうまく、土佐弁の応援まで飛び出し熱い熱い。高校生にもちょっと酒が入っているようではあったが、こんな日くらい大目に見てあげたいものだ。

 日本は後半、2得点をあげ、そのたびに割れんばかりの大歓声。ロスタイム最後の1分には「あと1分!」のコールが沸き起こり、勝利と決勝トーナメント進出を決めた瞬間、ひろめ市場は爆発した。高知の高校生と盛り上がったワールドカップ観戦。これはこれで、とても思い出深いものになった。

 汗びっしょりのまま、土電探索へ戻った。高知駅から桟橋通まで、南北に結ぶ桟橋線で岸壁通へ。土電の車庫をのぞくと、デビューしたばかりの超低床路面電車「ハートラム」が昼寝していた。ぜひ乗ってみたくはあったが、残念ながらこの日は4日に1度の検査日。次の機会に譲るほかなさそうだ。

 終点の桟橋通5丁目電停は、海の堤防の真下にあった。ここからアステルの広告電車に揺られ、はりまや橋へ。今度は後免町方面の路線を乗りつぶす。夕刻とあって、家路につく人たちで満員だ。こちらも最初は普通の路面電車だが、郊外に行けば複線の線路が道路の端を走る。あくまで専用軌道ではないので、車と電車の通行帯は曖昧に分かれている。ローカルな路面電車の味が出ていて楽しくはあるが、将来的にLRTへの脱皮を目指すなら、完全分離を図っていくべきだろう。

 終点の後免電停の前には、はらたいらと世界のオルゴールの館、そして土佐くろしお鉄道「ごめん・なはり線」の後免町駅が待っていた。ごめん・なはり線は今夏開業の新線で、かつての土佐電鉄の郊外電車の復活と見ることもできる。開業を待つ駅は期待を膨らませてくれるが、土讃線の御免駅へ行きたい僕はしばらく歩かなくてはならないようだ。

 歩いて15分ほどでたどりついた御免駅は、ごめん・なはり線開業を控えて都会風の駅に建て変わっていた。そんな駅にはちょっと似合わない、古兵キハ58系の普通列車で高知へと戻った。

 高知から土電桟橋線で繁華街へと戻り、2,500円という格安のカプセルホテルに宿をとった。しかし夜は8時をまわったばかりだし、何より腹ペコ。金曜の夜とあって賑わう、高知の繁華街へと繰り出した。

 といっても、なかなか初めての土地でうまい店というのも見つけにくく、さきほどの「ひろめ市場」へと足を向けた。興奮さめやらぬ感じで、青色ユニフォームを着た若者たちで大賑わいだ。フードコートらしくテイクアウトの店が多い中、居酒屋風のお店が一軒あり、店の人も人が良さそうだし、ここに決めた。普通の居酒屋には入りにくいが、こんな形なら入りやすい。

 中のカウンターに座ればもうフードコートではなく、完全に居酒屋の雰囲気。ぜひ食べたかった鰹のタタキは品切れになってしまったそうだが、「鰹ならどこでも食べられるけど、鯖のタタキはなかなかないんじゃない?」ということで、まずは鯖のタタキと生中から。なるほど、脂がのっててウマイ。

 問わず語りに、隣の「某大手電機メーカー」のおじちゃん達と盛り上がっていた。僕が学生と知るや、「この先は私が持ちます」と、生中のお代わりとクジラカツまで奢ってもらい恐縮。昔、家で食べた鯨カツはうまかった記憶はないが、ここで食べたものは美味しかった。ご馳走様でした、この場を借りてお礼申し上げます。

 結局10時の店仕舞いまでゆっくりして、最後は大将から茶蕎麦までご馳走になった。また高知に来たい、そして旅の思い出とは人の思い出なのだなと改めて実感した、高知の夜は更けていった。

 

つぎへ▽
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